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最初は落ち着き払って聞こえてくる会話に耳を傾けていた秀明だったが、すぐに顔が強張り、終盤に差し掛かると片手で額を押さえてしまう。そんな彼の様子を無言で観察していた美実は、身の置き所が無さそうにしていたが、最後まで聞き終えた秀明が顔を上げ、疲れた様に感想を述べた。
「経過は良く分かった。美子があれだけキレたのも当然だな。蹴り倒すのは拙いと、判断するだけの理性が残っていて良かった」
「本当に、申し訳ありませんでした」
「気にしなくて良いから。しかしこれはどうしたものか……」
耳からイヤホンを外した秀明が、レコーダー共々美実の前に置きながら独り言を口にすると、ここで彼女が思い詰めた口調で言い出した。
「秀明義兄さん。私、美子姉さんが電話しながら泣いているのをこっそり見てから、ずっと考えてました」
「ああ、見ていたのか。だけどそれは、美子には内緒だよ? 面と向かって言ったりしたら、美子が怒ったり拗ねるから」
「勿論、見なかった事にします。それで今回の事で猛省して、考えを改めました」
「『改めた』って、何を?」
真剣な表情で告げられ、秀明は何事かと瞬きして義妹を見やると、美実は若干涙ぐみながら言い出した。
「今日……。美子姉さんが淳のお母さんに向かって、私の事を『誉める事はあっても恥ずかしいと思った事など一度も無い』って、あんなにはっきり言い切ってくれて……。私の仕事に関して、これまで美子姉さんに怒られたり嫌がられた事は無かったけど、きっと心の中では恥ずかしいとか、本当は止めて欲しいとか考えてるんだろうなって、ずっと思っていたんです」
そう言って目元を拭った美実の心境もそうだが、妻である美子の性格をそれ以上に把握していた秀明は、少々おかしそうに笑いながら言い聞かせた。
「美子は、そういう女じゃないだろう。そう思っているなら、はっきり口に出してそう言うさ。今回、それが良く分かったんじゃないか?」
「はい。だからとても驚いたし、凄く嬉しかったんです。それなのに私のせいで、悔し泣きまでさせてしまって……。それで今回、心を入れ替えました」
「『心を入れ替えた』って……」
そして再び真顔になって断言した美実を見て、秀明は内心で困惑した。
(今後はBL作家を止めて、他の路線で書くと言う事だろうか? それならそれで、不幸中の幸いだとは思うが)
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