第30章 美実の決意

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 しかしそんな秀明の期待と予測を、美実は真逆の方向に裏切った。 「私、人生を舐めてました。今まで私と子供が食べて生活していける位、書いた物がそこそこ売れていれば良いと思っていたんです」 「確かにそれだけ稼げれば、十分じゃないのか?」 「いえ、駄目です。今日庇ってくれた美子姉さんの期待に応える為にも、プロの作家としてのプライドの為にも、これからはトップを目指します」 「美実ちゃん、トップってどういう意味? BLのジャンルでベストセラー作家を目指すって事かな?」 「いえ。BL作品での、日本文壇の完全制覇です」  そんな事をはっきりきっぱり宣言された秀明は、一瞬絶句してから、慎重に義妹に言葉をかけた。 「……ちょっと待ってくれ、美実ちゃん。少し冷静に話し合おう」  本気で(今日のショックで頭がどうにかなったのか?)と心配してしまった秀明だったが、生憎と美実はこれ以上は無い位、正気で本気だった。 「私は未だかつて無い位、真剣に抱負を述べています。確かにBLと呼ばれる分野は、世間一般には色物だと見られて肩身が狭いし、偏見を持たれる事が多いです。ですが、そのハンデを克服してなお、万人に理解され感激して貰える作品を作り上げる事が、作家としての至上の喜びではないかと、今日漸く気が付きました。ええ、開眼したんです」 「いや、崇高な目標を持つ事は、確かに褒められるべき事だろうが」  あくまでも真顔で崇高な抱負を語る美実に、秀明は未だ動揺しながらも何とか宥めようとした。しかし彼女の訴えが、更にヒートアップする。 「だから私、決心しました!! いつの日かきっと、美子姉さんが誇れるBL作家になってみせます!! 必ず真実の愛と深い葛藤と人生の真理を、余す事無く表現しきって高らかに奏でる、万人の心に深く訴える不朽の名作を書き上げて、日本の文芸界に金字塔を打ち立ててみせますから!!」  二人の間のローテーブルに両手を付き、自分の方に身を乗り出して鼻息荒く宣言してくる美実に、秀明は心持ち身体を後ろに引きながら、何とか宥めようと試みた。 「美実ちゃん……、それはどう考えても、少々無理がある様な気が……。そこまで頑張らなくても、もう少し気楽に目標設定を」 「何を言ってるんですか、秀明義兄さんともあろう人がっ!!」 「え?」
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