第30章 美実の決意

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 いきなり本気で叱り付けられて、秀明は目を丸くした。そんな彼の戸惑いには構わず、美実が怒りの形相で言い募る。 「天下の最難関、東成大出身者のお義兄さんがそんな事を言うなんて! 見損ないましたよ!?」 「……それは申し訳ない」 「二番手、三番手辺りで良いなんて言ってる人間は、十番以内にも入れないって相場が決まってるんです! 最初からトップを目指してひたすら努力した人間が、あと少し、僅かに力及ばず二番手三番手になるんじゃないんですか!?」 「まあ……、それは確かに、そう言えるだろうが……」 「だからお義兄さん。私に男を紹介して下さい」 「は?」  いきなりの話題の転換に加えて、言われた内容が内容だけに、秀明は咄嗟に話の流れが理解できなかった。すると美実が、真顔になってその理由を説明してくる。 「去年の春、私がスランプに陥った時、お義兄さんが大学時代の後輩さんを紹介してくれた上、その人達に何でも私の言う事を聞いてくれるように、頼んでくれたじゃないですか。あのお二人に協力して貰ったお陰で私、あの『情熱と劣情の狭間で』を無事に書き上げる事ができたんですから!」 「ああ……。そんな事もあったね、そういえば……」  前年の偶発的な出来事を思い出した秀明は、とんだ災難に見舞われた後輩達を不憫に思い、遠い目をしながら頷いた。すると脱力気味の秀明とは対照的に、両眼を血走らせた美実が勢い良く立ち上がり、ローテーブルを回り込みながら叫ぶ。 「本当だったら安易にコネに頼る事はしたくなかったので、あれ以来お義兄さんにお願いした事は無かったですが、そんなつまらないプライドに拘ってたら、本当に良い作品なんか書けません! もうなりふり構っていられませんから! 作家としてのプライドと、私とお腹の子供の生活がかかってるんです!! お願いします、お義兄さん!!」 「と、うわっ!! ちょっと待った! 美実ちゃん、本当に落ち着こうか!?」  そして自分の隣に座ると同時に、美実が服の胸倉を掴んで迫ってきた為、秀明は押し倒される形で横に倒れ込んだ。その状況に、流石に秀明は狼狽しながら宥めようとしたが、美実は全く聞く耳を持たない状態のまま、上から秀明を見下ろしつつ語気強く迫る。
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