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いつものように自宅まで迎えに来てもらい、私はお泊まり用バッグを手に車に乗り込む。
清水さんは変わらない爽やかな笑顔を向けてくれたが、今日は何故か沈黙があると落ち着かない気持ちになる。
胸さわぎ…いや、しいていうなら勘かもしれない。
運転中もホテルについてからも、無理に平静を装っているように見えた。
私は気付かないフリをして、一緒に紅茶を飲んでいたが、彼の目の動きや手のクセ…
3ヶ月弱よく見てたんだなぁと自分を褒めつつ、好きならもっと鈍感になれてれば良かったと後悔もしていた。
『何かあったんですか?』
の一言を躊躇ってしまう。彼が私に言えないといえば、お別れの話だと直感的に感じているから。
始まりから『期間限定』なのは重々承知している。でも私は清水さんがどんどん好きになっていき、今では側にいれれば…とまで思っている。
それは彼にとって段々足かせとなり、最終的にはウザい女と捨てられる事になっていく筈。
聞いてあげたい…でも聞きたくないそんな葛藤の中、清水さんは私達の夕食のパスタを作ってくれていた。
キッチン付きのホテルは私にとって擬似ホーム。彼と2人で食卓も囲めるし、センスのいい家具も新婚生活を想像させてくれた。
夢なのは分かっているつもりでも、彼が向けてくれる笑顔や、適度にボディタッチもあるコミュニケーションから覚めたくないという気持ちを強めていく。
『清水さん…今私の事どう思ってる?』
私の中で天使と悪魔が囁いていると、夕食の準備を終えた清水さんが笑顔で盛りつけをしていた。
食器を運ぶ手伝いをする間も、頭の中の考え事は纏わりついて離れない。ワインを注いでくれる彼に思わず口をついて言葉が出ていた。
「何か…あったんですか?」
「えっ!?」
ドキッとしているというよりはビクッとしている風に感じた表情は、私の考えを裏付けてるようで聞いた事は悔やまれてならない。
「実は…」
自分から聞いておきながら耳を塞ぎたくなる。清水さんも言いづらそうにワインを口にしていた。
「婚約が決まって…その話をしようと思ってた」
「…そうですか」
美味しそうなパスタの香りがしているのに、お互いに手を付けずにいる。気まずい沈黙が別れの空気を醸し出していた。
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