57人が本棚に入れています
本棚に追加
「泉ちゃん…」
双碁さんが何か言いかけた時、カランとドアが開いて師匠が入って来た。いつもならアイスコーヒーかナポリタンを準備している双碁さんは少し焦っている。
「あれ?今日は来るタイミングが分からなかった」
「ちょっと早めに来てみたんだ。午前中に寄る所あったし」
師匠が来てくれたおかげで、双碁さんは調子が狂ったのかナポリタンを作り始める。恐らく…例の返事を聞こうとしていたのだと思い、ホッとしている自分もいた。
まだ返事というより誰かと付き合うまで回復はしてないし、断ったらこの店に来づらくなるのも困る。
どう断ったら自然なのか頭も回らない。
「ん?なんか商売順調そうだね」
「えぇ。まだ大量には作れませんけど、注文は入ってます」
師匠が聞くのは株がアクセの話と分かっているので、スンナリと答えが出る。少し見ない間に日焼けしてるな…と思って見つめていると
「夏場はチャリ焼けするからね。今日は車を近くの駐車場に止めてあるんだ」
「えっ!この距離を車で?珍しいね」
双碁さんがナポリタンをお皿に盛って出してくれると、師匠は何事もないかのようにシレっと続ける。
「うん。今日は帰りに浜田さんを送ろうかと思って」
「はあっ!?俺を出し抜く気?」
「出し抜く?浜田さんは今ヘコミ中でしょ。それに双碁のモノでもない」
いただきますと手を合わせてからパスタを食べだす師匠に、双碁さんは溜め息をつきながらコンビニの袋からガサガサとおむすびを出していた。
私は引きつった笑顔を向けてから、無心にナポリタンを食べ始める。
食べながら聞かれた株の事について答えたり、アクセの注文について話をしたり…いつものミーティングの雰囲気に戻った。
「泉ちゃんがつけてるのも可愛いね。女性が喜びそう…でもよく見ると涙の形してるから、生まれた理由は聞きづらいな」
「…色んな光を取り込んだ涙色…っていうコンセプトです。人によって流す涙の色が違う…みたいな」
「転んでもタダでは起きない…その感じ好きだな」
ボソッと呟く師匠に双碁さんは驚いた顔をしたが、私は師匠らしいコメントで、フォークを止める事はなかった。
最初のコメントを投稿しよう!