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どくんと心臓が激しく脈打つ。
こんな風に動悸がするなんてこと、もう何年も忘れていた。
『先生、好きです』
奏が、緊張のあまり潤んだ瞳をこちらに向けて、頬を赤らめながらも、何の邪心も持たずに告げてきた時、神はなんて残酷なんだろうと思ったものだ。
俺だって好きだよ。
じゃなきゃ、家庭教師なんて引き受けなかった。
だけど、奏。
お前は何もわかってない。
俺にはとっくに、お前が夢見てるような、甘く優しい恋なんて与えてあげる余裕が一ミリもないんだ。
その唇も、身体も、とっとと溶かして食べてしまいたい。
溢れる熱で覆い尽くして、一つになってしまいたい。
そんな邪な欲望を孕んだ想いで、俺がお前を見つめていると知っても尚、その無邪気な視線で俺に『好きです』って言ってくれる?
折角の機会だ、それを試してみようぜ、大丈夫きっと受け入れてくれるはず、と蓮登の中の黒い何かが囁いてくる。
――だけど、もしそれで彼女の心が離れてしまったら?
こんなはずじゃなかったと泣き崩れてしまったら?
そう想像するだけで不安でたまらなくなる。
だからすべてを聞き流して、まるで何もなかったかのように
『宿題、全部やったか?』
なんて口にするしかなかったのだ。
お前をがっかりさせるのはわかっていたけれど、それでも、この薄汚れた欲望でお前の全てを抉ってしまうよりは、傷はずっと浅い――はず。
せめて、俺の知らないところで幸せになってくれれば、と。
そう思ってゆっくりと奏と距離を置き始めたのは彼女の大学合格を無事に見届けてからだった。
あれから七年と三か月。
蓮登は過去に封印してきた遠い記憶と感情の全てを、一瞬にして思い出してしまったのだ。
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