遠い記憶

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「わかりました」 不意に、蓮登が奏に聴かせたこともないような穏やかな口調でそう言った。 さっき、ホストクラブの看板の前で、青年に告げたのと同じ口調だ、と奏は思う。 「では、先ほど私が購入した服、しめて税込二十万五千六百円。  利息なしで奏にお貸しします」 滑らかな口調は、丁寧でありながらも、そこはかとなく他人行儀だ。 「だから、全部返品するって言ってるじゃない」 重ねて言わせてもらえるのなら、ちょっと見繕ってくる人の服にそれだけお金かけるなんて意味が分かんない。 「では、先ほど奏にお貸ししたドルガバのジャケットはいかがでしょう。  あのシミはクリーニングに出してもとれるかどうか。無事とれたあかつきには、ポルシェの助手席のシート代でも結構ですよ」 青ざめる奏とは対照的に、艶やかな笑みを見せる蓮登。 「それを全額私に完済できたら、ここから出て行ってもらって結構。  どう、乗りませんか?」 「いや、なんか色々おかしいよ、蓮登さん」 冷静に首を横に振る奏を見て、蓮登は肩を竦め商売用の口調をやめて、元の口調に戻す。 「おかしいのは奏の方だろ?   とにかく、こうして出会ってしまった以上、次にいつパニックを起こすかわからないような状態のお前を野放しに出来るわけがない」 「野放しって、私、ペットや野生動物の類じゃないし」 本当にそうなら、どんなに楽なことだろう、と蓮登は秘かに思う。 彼女の人格や人生を無視していいなら、今すぐにでもここに閉じ込めて一生飼ってあげるのに。濃厚に、心ゆくまで身体の隅々まで心の奥がただれて溶けて気が狂うまで存分に可愛がってあげられるのに。
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