遠い記憶

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***** 信じられない―― いつも通りの地味な服装でいつも通りに新宿にある会社に着いた古谷 奏(こたに かなで)は、扉に貼ってある一枚の紙切れに目が釘付けになった。 『お取引先及び関係者の皆様へ  弊社につきまして、平成28年6月×日、東京地方裁判所において破産手続き開始の申立てが行われ、受理されましたことをご報告いたします。』  その下にも長々といろんなことが書いてあったが、頭の中にちっとも文字が入ってこない。 「ええっ」  見覚えのある取引先の営業マンが、同じ紙を見て驚きの声をあげたのを耳にして、咄嗟に奏は逃げるようにその場を去った。仮に何か聞かれても、何も答えられないどころか取り乱してしまうのは必須だからだ。  何の前触れもなく急に降りだした雨が身体を濡らすが気にする余裕もない。  ただただ、何かから逃げるように足を動かした。  大学を卒業して三年間、必死に働いてきた会社が急になくなってしまった。就職したときには、上場目前と言われていた勢いのある会社だったのだ。主力事業はオンラインゲーム。奏が最近手掛けていたのは、恋愛ゲームの製作だった。  明日からどうやって生きて行けばいいのか、頭が真っ白になって良く分からない。  人目を避けて、どこへともなく足を運ぶ。  くたびれて足が動かなくなった頃には、雨はもう止んでいた。
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