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――よりによって、こんなところに迷い込むなんてどうかしている。
ふと我に返った奏は、今まで意識的に避けていた六本木の路地に入り込んでいる自分に気が付いて大きくため息をついた。
何やってるんだろう、私――
冷静になればわかる。
まずはとりあえずタオルを一枚買うべきだ。もう雨はすっかり止んでいるのに、一人ずぶぬれなのはいただけない。黒く長い髪からは、たっぷりしずくが滴っているし、薄いシャツは身体に張り付いてともすれば体の線を露わにしそうだった。
そう思ってきょろきょろとコンビニを探す。
けれども、奏の目はコンビニを見つける前に、近くの看板に映っているスーツ姿の、一際魅惑的な男に釘付けになっていた。
源氏名は蓮登(れんと)
刺繍の入った黒いシャツの上に、グレイの光沢のあるジャケットを羽織っている。うっとりするほど甘いマスク。漆黒の瞳は何を見ているのだろうか。
本名は浦井 颯馬(うらい そうま)。
どこにも書いて無いけれど、奏は知っていた。
だって、彼こそが奏の初恋の人なのだから。
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