遠い記憶

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けれども、一方でひどく疲れ果てた顔をしているな、とも思った。 「大丈夫です。  道はわかりますし、ホストクラブに行きたいわけでもないので……」 凛とした透明感のある声に迷いはなかった。 「近くに、コンビニありますか?」 「うん、ほらあっち」 虎太郎の指す方を見て、コンビニの看板を確認すると女性はぺこりとお辞儀した。 彼女が歩き出す、そのほんの一瞬前に虎太郎が口を開く。 「ねぇ、すごく真剣な顔していったい誰を見ていたの?」 人懐っこい口調で、誰にでもすぐに取り入るのは彼の特技の一つだ。 彼女は真っ直ぐに虎太郎を見つめ、言葉を探すかのように何度か瞬きを繰り返す。 「――それは――」 彼女が口を開きかけた瞬間、バサッとグレイのジャケットが彼女の上に降り注いだ。 「風邪引くよ、奏(かなで)」 いつの間にここに着いたのか。 虎太郎も気配すら感じなかった。顔をあげればそこに、髪のセットもしていない蓮登が息を切らして立っていた。 聞いたことのない声。穏やかさを微塵も感じさせない口調。 ――これがこの人の素だとしたら、普段の姿はなんなんだろうか。 虎太郎は呆気にとられて言葉が出てこない。 ホストクラブで見せる姿とはまるで別人じゃないか。 「虎太郎、お手数をおかけしましたね」 直後、蓮登は極めて彼らしいいつもの口調で虎太郎にそう言った。 漆黒の瞳は今すぐここを去れと暗に告げているし、このことは他言無用だとも言っていた。 虎太郎は一礼すると静かに、その場を去って当初の目的通りホストクラブへと足を運ぶことしか出来なかった。
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