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「あーあ、だから誰も望んでなんていないのよ!」
「だから…彩だけだよ?こんな日に傘忘れてくるのなんて…。」
「傘買ったのに、こんなに降るとかありえないよね?意味無いくらい濡れちゃって最悪ー!」
雨上がりの匂いは、嫌いではない。湿気は…せっかくのストレートパーマが台無しだから嫌だけれども、片田舎の森林をふわりと風が雨上がりの香りを運んでくる。湿った土の香り、樹の香り。私はなかなか嫌いにはなれない。
一方、彩夏は濡れた髪を縛り、制服を乾かすように左右にくるくる跳ね回ったり、鞄を乾かすかのようにぶんぶん鞄を振り回していた。彩夏がコンビニで慌てて買った傘は、雨が去るギリギリの突風で壊れた。
雨上がりの香りに、彩夏の香水の香りもする。そんなことを考えていたら、彩夏は私の真正面に立って演説しだした。
「もー、傘忘れたの私だけじゃないんだからね!私の王子様…和之君も忘れていたんだから。いいこと?王子が傘をお忘れさたら、忘れるほうが正しいのよ。」
『二条和之』
勉強も体力も平均的なのに、女の子のように綺麗な白い肌や中性的な容姿が独特な存在感で、クラスメイトの中でも気になる一人だ。彩夏は彼を王子様だと1日に5回位は言っている。
「確かに二条君がずぶ濡れで教室入ってきた時は、一瞬クラスの皆黙ったよね…。ドラマのワンシーンみたいな、哀しみの王子様って感じ?」
「私さ、こっそりムービーも写メも撮ってたんだぁ…!あの一瞬切ない感じ!で!私にスーって近付いてくれて!にこって微笑んで『おはよう、彩夏さん。』って…!もう私、手が震えたもん!」
彩夏は鼻の穴を広げる程興奮した様子で、朝に堂々と「盗撮」していた二条和之の写真やムービーを眺めては顔を赤くしていた。
「いや、あれは勝手に撮るなって言いたかったんだと思うよ…彩だけ顔真っ赤にしてニヤニヤしながら終始二条君の方にスマホ向けてたでしょ…二条君も可哀想に。」
彩夏は学校でも有名な『二条ファン』で、二条君が好きな小説家『テアー・ザクセン』を知ると翌日、テアー・ザクセンの代表作『仔猫と少女』の主人公の挿し絵と全く同じ金髪にしてきた。
二条君も、二条君で、この行き過ぎた行為を優しく褒めたりするものだから、最近の彩夏は、付き合ってもいない男の好みの女になってきてしまっている気がする。
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