『恋という死に至る病』

12/69
前へ
/69ページ
次へ
 家が燃えるように朱色になった気がしたが、錯覚で、ただの静かな夜であった。 『……守りたかった。でも嫌われた。近寄らなかった。あの子が嫌った』  家が泣いていた。泣かれると、怒る気が削げる。 「構い過ぎれば嫌われる、もう生きていたことを葬り、静かに暮らしてみたら?」  俺は、今、やっと生葬社の意味が分かった気がする。 『そうだな』  家の軒下あたりに、パラパラと金属片が降っていた。この金属片は、異物(インプラント)と呼ばれ、通過者の記憶を保存している。異物(インプラント)があると、通過者はその記録を体験したように錯覚してしまう。あり得ない体験に対し、脳は補正を行い、幽霊を見たとか、宇宙人に会ったとか、曖昧な記憶で辻褄を合わせる。  俺は軒下に振っていた異物(インプラント)を、もう包むものが無かったので、浴衣を脱いで包んだ。浴衣の下には、ステテコを履いていたので、パンツ一枚にはならなかったが、人目がなくて良かった。  しかし、母屋は外観で見ても、いい造りであった。母屋の中で、お茶が飲みたいものだ。  藁屋根は、労力が半端なく凄く、維持するのは大変であるが、草の中に人は住めるのだと感動する。  草は食べるだけではなく、住めるのだ。しかも、草は生き続けていて、中にいる人には生きている中という快適さがある。空気を清浄にし、温度を保ち、湿度を保っている。 「いい家だ」  もう返事は来ないが、それでいいのだ。  綾里もこの家を嫌わずにいたら、生霊などにならなかった。ささいな病気で、死んでしまうこともなかった。 「家って泣くのですね」  山岸家の主人を連れてきたことを、俺は忘れていた。奇異の目で見られるのは、やはり辛い。 「綾里さん、兄がいるのではないですか?」  家の記憶の中に、兄妹で遊んでいる姿があった。 「はい、かなり昔に大学に行くと言って家を飛び出して、そのまま帰ってきません」  どこか、俺のようでもあった。俺も、最近まで実家に帰らなかった。  でも、これで分かった。 「明日、葬儀屋が来ます。俺達は、娘さんの添い寝?ですね。ご依頼、承りました」  庭の車に、異物(インプラント)を置くと、部屋に戻る。俺は、綾里の横で寝転んだ。 「昂、明日、何があっても驚くなよ」  俺も、何が起こるのか分からない。  朝、目が覚めると、丼池の顔があった。驚いて、飛び起きると、頭を丼池の顎に激突させてしまった。
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

72人が本棚に入れています
本棚に追加