『恋という死に至る病』

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「もう、先輩も立ち直っているのですけどね」  小さい映像で、体格のいい男性と暮らす、優男の姿が見えた。甲斐甲斐しく世話をして、よく笑っている。夜は一緒の布団で眠り、一緒の朝食を取っていた。  そして最後に、サービスだと儀場は言った。 「綾瀬……」  綾瀬が高校三年生の夏まで生きていたとしても、俺には春までの記憶しかない。春に、綾瀬を失ったままで、数字だけが移動していた。 「山登り、修学旅行……」  一緒に行っただろうと、仲間は言うのかもしれない。でも、俺は、その時を生きていた自分しか知らない。 「そうだよね、遊部はそうだった。だから、俺は生きて、遊部に会いたい」  綾瀬の笑顔を間近で見たのは、いつが最後であっただろうか。 「これが、大学生の俺で、こっちが社会人の俺。エリート研究員ね。それで、農作物の研究をしているわけよ。ここが、遊部の居場所」  綾瀬のアパートの、居間で眠る俺がいた。綾瀬が、俺を起こすついでに、キスをする。 「俺の遊部、誰にも渡さない」  寝起きの悪い俺を、綾瀬がベッドに運んでキスを繰り返す。キスはやがて首へと移動し、乱れた服が床に落ちる。そこで、朝だからやめろと俺が怒り、朝食になっていた。それが、日々の場景であった。  これは、ただの夢だ。俺は、俺の姿を夢で見ている。 「遊部の体も心も、俺のもの、微塵も渡すつもりはない」  夢のこちら側で、綾瀬が、昔見た笑顔のままで、俺の前に立っていた。でも、俺は、こんな未来は知らない。 「綾瀬……」 「俺の後悔は一つ、遊部と離れた事だけ」  綾瀬は死んでいるのだ、夢を見てはいけない。  それに、どうしても分からない。 「儀場さん、生葬社は生きている事を葬り死とすると、百舌鳥さんから教えられました。どうして。儀場さんは、綾瀬を、鹿敷さんを葬れないのですか?」  影の中から、儀場が浮かび出ていた。儀場は、綾瀬の夢を眺めてから、俺を見つめる。 「……恋をしたからだよ」  肉体が死んでも、魂が失せても、異物(インプラント)が回収されても、そこに残っていたものがあった。 「綾瀬君の異物(インプラント)は回収済だよ。肉体も、もう無い。では、ここに在るのは何であろうね。……俺達は、一生をかけて、この事実に向き合ってゆく」  儀場は、何度でも蘇る鹿敷と、共に生きる事を選んだ。
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