『恋という死に至る病』

5/69
前へ
/69ページ
次へ
 敷地内に入ると、玄関を探す。玄関は、門から半周回った位置になり、チャイムを押してみると、庭から人が現れた。 「葬儀社から依頼を受けて、娘さんのご遺体を引き取りにまいりました」  人がすうっと庭に消えると、玄関から声が聞こえてきた。 「お待ちしておりました。お上がりください」  玄関を開けると、冷たい空気で満たされていた。スリッパに履き替え廊下を歩くと、庭に面して大きく部屋がとられていた。元は二間なのだろうが、仕切りを取って広げている。 「山岸です。娘の綾里(あやり)です」  部屋の中央に布団があるが、誰もいない。畳の間に、並んで座る、山岸夫妻は真っ青な顔で、そっちのほうが死人に見えていた。 「綾里さん?」  まさか、俺に死体は見えていないのか。誰もいない布団を凝視していると、両親が首を振って何かを見ていた。  両親の見る方向を、俺も見てみると、白いワンピースが見えた。 「うわ!」  叫びを止められて良かった。本当は絶叫したかった。  白いワンピースを着た娘が、天井付近の壁に貼り付いていた。両足を曲げしっかり壁を押さえ、天井に手を付き、ニヤリと笑っている。  この娘、亡くなっているのだろうか。 「天井がお好きなのですか?」  両親から、更に血の気が引いてゆく。 「……いいえ、最初は布団に眠っていたのですが、次第にあのような姿になりました」  母親が泣いていた。  もしかして、だから、火葬を希望したのか。腐敗ではなく、徘徊であったのか。 「……降りていただかないと、添い寝は無理ですよ」  俺が、綾里に声を掛けてみると、綾里が動いた気がした。  生葬社に来てから、俺もかなり驚かなくなった。この場合も、布団の周辺を観察してみると、異物(インプラント)が枕元に落ちていた。俺は、通過者ではないので、中身は分からないが、綾里のものであろう。  異物(インプラント)は、小さな金属片で、その中に生きてきた記憶が入っている。通過者と呼ばれる、異界の能力を継ぐ物は、生まれた時から体内に異物(インプラント)を持って記憶しているという。その異物(インプラント)は心臓が止まると、外に排出される。  異界から、この混沌の世界で正しい事を探すために来た、希望の人々は、しかし、帰ることなくこの世界に吸収された。いや、吸収されずに、異物(インプラント)に記録だけ残し続けている。
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

72人が本棚に入れています
本棚に追加