『恋という死に至る病』

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 異物(インプラント)には、恋を記憶する領域が保護されている。異物(インプラント)の記憶の中では、恋というのは、死に至る可能性のある病の一種であった。それは、生存本能が優先される筈の生命体では、致命傷になりかねない問題であるのだ。 「鹿敷さんを、記憶しているのは、儀場さんの夢です」  儀場という人は、夢で過去を、僅かだが変えていた。この夢の記憶量は、半端なく多い。  異物(インプラント)が金属片とは限らない。異物(インプラント)が、指輪や、石であったことがある。儀場の夢が、異物(インプラント)であると、俺は思う。だから、恋の領域の保護もあり、鹿敷は消える事がないのだ。  鹿敷の二年で死ぬという現象は、分からないが、儀場の夢の中で生きている人なのだろう。 「俺の夢ならば、俺が死ぬまで、鹿敷も生きていられるな」  儀場が鼻で笑う。  夢は不確かで、形がなく曖昧であった。だから、鹿敷は不安定になることがある。 「鹿敷さんは、儀場さんが無事なら、どうにかなります……」  他に高額の異物(インプラント)は存在していただろうか。丼池の家には、物となっている異物(インプラント)があるが、むしろ人間には価値があっても、異物(インプラント)としては価値は低い。 「俺に言わせると、綾瀬君は、君という異物(インプラント)が記憶しているね」  俺は異物(インプラント)なのか。でも、実徳にも俺が認めないから、綾瀬が彷徨っていると言われる。 「……俺は高額でしょうか?」 「完全な記憶ではないので、無価値かな」  無価値と言われると、安全なのだろうが、何だか寂しい。 「高額かもしれないのは、伊庭かおりさんかもね。幾度も異物(インプラント)を取り替えながら、過去と現在を行き来しているからね。不完全だが、珍しい記憶保持者だろう」   伊庭は両親の元で、保護されている。両親は、普通の人なので、回収屋など知らないだろう。 「……百舌鳥さんの所に行ってきます」 「百舌鳥は今日は休みだろう。あいつも疲れているだろうし、休ませてやれ。俺と、伊庭さんの家に行ってみるか」  儀場と行くのか。でも、俺が行くと言えば、昴も来る。 「昂?」  昴の姿が見えない。 「昂……」  店長室を出ると、給湯室の小部屋の中で、物音がしていた。給湯室をノックしてみると、中から、ここで働いている婦人警官が、勢いよく飛びだし、俺を突き飛ばして行った。
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