『恋という死に至る病』

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 百舌鳥はアパートに住んでいるのではなく、庭付きの一軒家に住んでいた。 「百舌鳥。最近、引っ越ししたからね」  百舌鳥は、伊庭かおりの居なくなった部屋にいると、再びいなくなる悪夢ばかりを想像してしまい、引っ越ししたのだそうだ。  でも、伊庭は実家に戻った。 「百舌鳥の家はついでに見ただけね。伊庭さんの家は、ここから歩ける」  百舌鳥は、伊庭の実家の近くに家を購入していた。かつて、伊庭は、沢山の子供が欲しいと言い、実家の近くに住みたいと言っていた。百舌鳥は、伊庭が自分が言った言葉を覚えていなくても、伊庭の願いを叶えていた。 「では、俺は歩きます」  俺は、車から降りると、地図を頼りに歩き始めた。  塀の多い道、塀の上からは木が見える。古い家も多いのか、木は屋根よりも高い。  やや坂を上り、伊庭の実家が見えてきた。そっと塀から中を覗くと、伊庭は庭で野菜を見ていた。  伊庭は、とても美しい人で、知性的にも見えた。自分でドレスを縫い、自分で野菜を育てる。そんなイメージのせいか、知的な美人というのが、どこかズレて感じる。笑顔の優しい人というイメージで見ているのかもしれない。  でも、百舌鳥には合っている。  百舌鳥と伊庭が並んでいたら、理想の夫婦であろう。  何を育てているのだろうかと、畑を見てみると、シシトウとピーマンであった。じっくり見るような野菜ではない。  伊庭は、どこか遠い目をしていて、現実が見えているのかが分からない。これは、外で働いたり、友達と喋ったり、とにかく、外部との接触が必要なのではないのか。  俺も、ナスをじっと見つめてしまった。  外部の異物(インプラント)の記憶で、鹿敷と綾瀬は留まっている。俺と、儀場は通過者ではないのに、異物(インプラント)を保持し、能力として使用している。  鹿敷と、綾瀬は通過者であった。  俺が、伊庭を記憶すればいいのか。しかし、綾瀬は幼馴染であったので、気がついたら記憶していたのかもしれないが、他の人間はどうなのか。  いいや、もう一つ、ポイントがあった。俺は、綾瀬が俺にキスしたので、恋という保護領域に記憶した。儀場にとっての、鹿敷もそうであろう。ただ、記憶したのでは、ダメなのだ。  塀から覗いていたので、不審者のような目で、通りすがりの人が見てゆく。慌てて隠れると、百舌鳥が歩いていた。
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