『恋という死に至る病』

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 百舌鳥は、伊庭の姿を見つけると、にこやかに手を振った。伊庭も、笑顔で手を振り返している。  ラフな格好の百舌鳥も、まるで上流階級の人のように上品で、姿勢良く歩く。庭先で、百舌鳥が手を広げると、伊庭が走って飛び込んでいた。 「……何の世界だ、これ」  まるで絵に描いたような恋人同士で、笑顔は完璧であった。でも、どこか心が遠い。  異物(インプラント)に書き込まれるのは、死に至る病のような恋だろう。 「百舌鳥さん……」  伊庭を見つけるために、儀場に体を捧げたのだろう。その情熱は、どこに行ってしまったのだ。  俺は、儀場が後ろに立っていたので、思わず睨んでしまった。睨まれた儀場は、少し笑うと俺の横に歩いてきた。 「百舌鳥と、俺との仲が気になるの?俺と百舌鳥は、理解者同士。鹿敷は、寿命がすぐに尽きる。失う痛みと、やり直しの恐怖。百舌鳥は、やさしい夢の中に戻る恐怖」  やさしい夢の中。伊庭の世界は、やさしい夢なのか。庭先で、恋人と語らい、未来を語る。どうして、それが恐怖なのだろう。  ふと、伊庭が消えた。 「あれね。彼女は、現実を見る瞬間、確かだった過去に行く」  不確かな今ではなく、百舌鳥との結婚の計画を実行していた、過去に行ってしまう。 「そうですか、今、ではダメなのですか」  昂もやってきて、三人で喋っていたので、百舌鳥がこちらを向いてしまった。  百舌鳥は、僅かに固まったが、苦笑いすると塀までやってきた。 「三人で覗きですか?」 「回収屋が、伊庭さんを狙っているので、護衛にきました」  百舌鳥は、複雑な表情をしていた。 「彼女の異物(インプラント)は、定着していないので、歩くだけでも落としてゆきそうですよ」  ん?昂の異物(インプラント)は、指輪に飲まれて消えた。異物(インプラント)は、人間にだけあるのではない。 「ラッシーを飼ってみようか?あいつなら、回収屋が分かるし、人間の言葉も理解するし」 「いいかもね」  昂は、ラッシーを覚えていた。ラッシーは、船生の住むアパートの隣犬であった。  そこで、ラッシーに説明して、連れてきたのだが、到着するなり吠えていた。 「ワンワン、ワワン」  直訳してみる。 「ここ、回収屋のたまり場か?」  人間の姿が見えないが、回収屋が近くにいるのか。 「なあ、黒煙」 「え!?」
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