『恋という死に至る病』

55/69
前へ
/69ページ
次へ
 本当に、回収屋の黒煙が現れるとは思っていなかった。黒煙は、煙になって消える能力がある回収屋であった。回収の能力はないので、相手を怖がらせて異物(インプラント)を落とさせる。 「儀場」  やはり、回収屋と儀場は仲が悪いらしい。儀場と黒煙が、互いに睨み合っていた。 「なあ、黒煙。どんな異物(インプラント)ならば、価値があるの?」  異物(インプラント)の価値を、暴落させた張本人だが、知ってはおきたい。 「……普通のものは売れません。完全ならば、買い取ってはくれますが、以前のような金にはなりません」 「心中モノ。悲恋モノ。駆け落ち、不倫あたりは売れるよ」  矛先を逸らしておこう。 「そんな、嘘を信じない」 「では、問い合わせてみなよ」  俺は、大量の異物(インプラント)を回収してしまったので、欲しいものも想像できる。  黒煙は、どこかに電話をかけ、かなり驚いていた。 「本当に高値でしたよ。ありがとさん、俺のベイビーちゃん」  黒煙は、空間に消えていった。  でも、これだけでは、安心できない。伊庭は戻って来ないのか、庭のキュウリを齧っていると、その正面に伊庭の顔だけがあった。 「うわああああ」  顔だけが、キュウリと俺を見比べる。 「洗って食べてね、無農薬だから、虫が多いの」 「トマトも食べたい」  伊庭は、暫し考えてから、自分の手を探していた。顔の付け根から手が出てくると、庭の隅を指差した。 「あちらに、あるよ」  首と右手だけで、移動していた。これで、傘があったら、傘お化けのようであった。かなり、怖い。 「そこの井戸水で洗ってね」  トマトを持とうとして、片手であることに気がつき、もう片方の手が出てきた。 「トマト、おいしいですが、ちょっと野菜っぽい匂いがします」  そこで、トマトの匂いついて、あれこれ土やトマトを見ながら語らってしまった。本来のトマトは、フルーツのような匂いがする。 「百舌鳥君は、トマトが嫌いなのよ。ハンバーガーもトマトを取って食べるの」 「俺も冷凍トマトは大嫌いです」  首から手が生えた生命体であったが、だんだん慣れてきた。 「ピーマンの生サラダって知っています?おいしいですよ」  庭のピーマンまで戻る。 「生ね。それもいいですね。ピーマンはね、百舌鳥君が大嫌いで、いつも残すの」
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

72人が本棚に入れています
本棚に追加