『恋という死に至る病』

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 シシトウも百舌鳥が嫌いな野菜であった。この庭の野菜は、百舌鳥の嫌いな野菜を克服させるための造りであった。  何も、嫌いなものだけ栽培しなくても良いような気もする。百舌鳥には、地獄の場であろう。 「ハーブも植えるといいですよ。実家の母は、ハーブをお茶に入れていました」  ハーブは香が良く、気持ちが和らぐ。  そこに犬が吠え、伊庭は又、消えそうになった。 「ラッシーですよ」  伊庭は、不思議そうに犬を見てから、首を出し、肩を出してきた。 「お茶にしましょう。ケーキを焼いたの」  どういう訳か、伊庭はケーキの焼き方を覚えていたのよという。沢山焼いた気がすると言うが、記憶は残っていなかった。 第九章 恋という死に至る病2  伊庭は、お茶を煎れようとして、全身をこちらの世界に戻していた。  伊庭は、俺が誰かは気にならないらしい。お茶を煎れると、当たり前のように百舌鳥を呼び、一緒にいた儀場と昂も呼んでいた。 「生ハーブは、ガラスの急須がいいですよね。葉の緑が綺麗で、涼し気でさわやか」 「そうね、きれいな緑よね」  ケーキを食べながら、ハーブの葉を見つめる。  肉体に残っている能力というのは、消えないらしい。ケーキは造り慣れていて、かなり美味しかった。 「ラッシーは、グルメですよ」 「ワンワンワン」  ラッシーは人の言葉が分かる。 「そうなの?何が好き?」 「ワン」  伊庭は、にっこりと笑っていた。直訳すると、肉とだけラッシーは言った。 「何の肉なの?」  伊庭は、ラッシーの言葉が分かるのか? 「ワンワンワン。ワワン」 「そう、牛が一番なのね」  こんな嬉しそうに尾を振るラッシーは、初めて見た。言葉が通じるということは、嬉しい事なのだろう。 「遊部君、昂君と帰ってもいいよ。ここには俺が残るから」  儀場の言葉に、伊庭が寂しそうな顔をしていた。 「ダメですよ。もう少し、俺がいます。儀場さんこそ、他の仕事があるでしょう」  やはり、伊庭は儀場の存在を疑っている。俺から見ても、儀場と百舌鳥は親密で、そこだけ空気が濃い。これは、今の百舌鳥と伊庭の世界にはないものであった。  それに儀場には、ここにまだ残っている回収屋をどうにかして欲しい。 「そうだね、お茶を飲んだら帰るよ」  儀場は、目で回収屋を追っていた。俺のして欲しいことが、通じたのだろうか。
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