『恋という死に至る病』

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「綾里さんは、この美しさで損もしたかな?」  俺の独り言に、昂がこちらを向いた。 「あのです、綾里さんと遊部さんは、似ていますよ。ど田舎の、美少年はいいことがありましたか?」  似ている! 「まさか!」  つい起き上がって、綾里を見てしまった。 「周囲に気味が悪いと言われて毛嫌いされて、挙句、老人に無視されたり、罵倒されたり、俺にだけあれこれ連絡が来なかったり。雨の日に、ランドセルごと外に放り出されたり。塩撒かれたりしていたの、かな?」 「……遊部さん、もう実家に帰らなくてもいいですよ。俺の家を実家と思ってください」  昂に同情されてしまったが、綾里の目から涙が落ちた。 「……そうか、だから外の世界に恋をしたのか」  自分が普通に生きられる世界で、普通に恋をすることに、恋する。 「明日、葬儀社が来て、君を外の世界に連れてゆくよ」  死んで願いが叶うなんて悲しい。  眠ろうと思ったが、どうにも眠れない。外で戸を叩く音もしている。木の雨戸は、風だけでも音がするが、規則的に叩いている。  トン、トンと叩くが、間延びした叩き方であった。  俺が起き上がって雨戸に歩み寄ると、昂が部屋の逆側に移動していた。 「ごめん。起こした?」 「遊部さん、本当に幽霊の類は信じていないのですね。それ、人間の間ではないですよ」  昂が簡単に説明してくれたが、人間には心臓があり、自然と鼓動に合わせて決まった間ができる。幽霊の類には、鼓動がなく、タイミングがズレているらしい。 「そうね」  でも、気になって雨戸をそっと開いてみると、綾里がそこに立っていた。  これは、生前の姿であった。死者は影が暗いが、生者は白い。 「死んでいるのに、生霊なのか……」  綾里は頷いていた。  綾里は幻の類であったので、声が出なかったが、それでも俺には会話ができた。 『外の世界に憧れて、高速のSAでバイトをしていました。外から来る人が、又、去ってゆきますが、私を特別な目では見なかった。車に乗って、どこか遠くに行きたかった。すると、バイトではない日も、心は高速を見ていました』  綾里の美しい姿に、幾人もが一緒に写真を撮っていた。すると、綾里は写真で外の世界に行ってしまった。生霊を飛ばし続けていたので、本体は弱り、インフルエンザでぽっくり逝ってしまった。
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