第1章 嵐の前の静けさ

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 ユーリア達が出仕してからひと月以上経過しても、クリフの後宮詣では終わらなかった。 「やあ、ユーリア。最近、調子はどうかな? 何か困っている事は無い?」 「幸い疲れも出ていませんし、皆、優しい方ばかりで、色々助けて頂いています」 「それなら良かった。はい、いつもの差し入れ」 「どうもありがとうございます」  後宮詣でと言っても、後宮の一番表側に設置されている取り次ぎ所で呼び出しをかけ、行き来する文官や侍女、警備の騎士の視線を集めながらのやり取りになるのだが、この間クリフは殊更目に付くようにして、わざと噂を煽り立てていた。 「これのおかげで、後宮内で色々炙り出す事ができたので、そろそろ連日の様に持って来なくても宜しいですよ?」  結構大きな菓子箱を軽く持ち上げながら、ユーリアが声を潜めて申し出たが、クリフは笑って同様に小声で反論した。 「炙り出しが終わった途端に止めてしまったら、元からそれを目的にしていたと思われて、周囲に怪しまれるだろう? もう暫くは続けるよ。それに最近時間に余裕ができたから、日中ここを訪ねやすくなったから、気にしないで良いから」  それを聞いたユーリアが、不思議そうに首を傾げる。 「どうしてこちらに、顔を出し易くなったんですか?」 「実は先月末、配置換えになってね。内務省勤務は変わらないが、大臣書記官室では無く、史料編纂室勤務になったんだ」  事も無げに言われた内容に、ユーリアは一瞬怪訝な顔になってから、驚いて声を荒げた。 「史料編纂室…………、って! なんだか左遷された様な部署名に聞こえるんですが!?」 「客観的に見ればそうだろうね。それで勤務時間内に随分余裕ができたんだ」 「『できたんだ』って……、クリフ様……」 「対外的には婚約者なんだからね。『クリフ』だけで良いよ」  額を押さえて深々と溜め息を吐いたユーリアに苦笑してから、クリフは先程彼女が叫んだ為に周囲の視線を集めてしまったのを確認しながら、注意深く低い声で尋ねた。 「それより、妃殿下の周囲に変わった事は?」 「嫌がらせとかは相変わらずですけど、一時期よりは酷くないと、前から配置されている方が言っていました」 「ふぅん? 落ち着いたのか、何か他の事に意識を向けているのか……」  即座に真顔に戻ってユーリアが報告してきた内容を聞いて、クリフは僅かに考え込む表情になった。しかしすぐに話を進める。
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