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それから四十分程で淳のマンションに辿り着いた秀明は、玄関を開けてくれた彼に向かって、早速毒舌を吐いた。
「よう、淳。随分シケた面してんな」
「年末にわざわざ嫌味を言いに来たのか、お前は?」
「そこまで暇じゃない。上がるぞ」
「勝手にしろ」
さすがにムッとした顔付きになった淳に構わず、秀明は遠慮なく上がり込んでリビングに入った。そして床を覆い尽くさんばかりに紙が散らばっている光景を見て、小さく口笛を吹いて呆れた様に感想を述べる。
「……なかなか、壮絶な事になっているな。想像以上だ」
握り潰して丸まっている紙や、何やらぐちゃぐちゃに塗り潰されている紙の全てが、子供の名前を考えて煮詰まった挙げ句の結果だと容易に推察できた秀明が、哀れむ様な視線を淳に向けると、彼は気分を害した様に顔を背けた。
「笑いたければ笑え」
「それなら遠慮無く」
「は?」
そこで「すまん」とか「悪かった」とかの言葉が返ってくるかと思った淳だったが、秀明が真顔で頷いた為、意表を衝かれた顔になった。その目の前で秀明は軽く深呼吸すると、いきなり爆笑し始める。
「あははははっ! ばっかじゃねぇのか、お前! 子供の名前決めんのに、何をここまで煮詰まって、散々ダメ出し食らってやがるんだ! 東成大法学部卒業の頭は飾りか? それとも単に中身がスカスカなだけかよ!?」
左手で自らの腹を抱え、右手で自分を指差しながら「ぶわははははっ!」と爆笑し続ける秀明に、淳は本気で殺意を覚えた。
「お前がとことん性格が悪くて、性根が腐ってるのは分かってた筈なのにな……。なあ、殴って良いか?」
地を這う様な声で凄んだ淳だったが、途端に秀明は笑いを収め、真顔で持参した物を淳に向かって差し出す。
「ここで問答無用で殴らずに、一応断りを入れる辺り、まだ冷静だな。差し入れだ。これで更にもう少し、頭を冷やせ」
「お前が差し入れ? 毒でも入ってるんじゃないのか?」
素直に受け取らず、嫌そうな視線を向けただけの淳に、秀明は苦笑しながらその紙袋をテーブルに乗せた。
「そんな事を言ったら、美実ちゃんが泣くぞ。美子の目を盗んで、こっそり一人分、お節を取り分けてくれたってのに」
「美実が?」
「ああ。自分の事で実家の母親と揉めて年末年始に帰れなくなったって、随分気にしていたからな」
それを聞いた淳は、幾分申し訳無さそうな表情になる。
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