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(全く……、これ位で泣くな。こいつ、相当気弱になってやがる。ここが踏ん張り所だって言うのに)
ふがいない悪友を怒鳴りつけたいのは山々だったが、そんな事をしても何の解決にもならない事が十分分かっていた秀明は、(仕方が無い、今日だけだ)と自分に言い聞かせながら淳に声をかけた。
「じゃあ早速、少し食うか? 今なら特別に、雑煮位作ってやるぞ?」
その台詞に淳は喜ぶどころか、驚愕の視線を向ける。
「お前の手作り? そんな恐ろしい物を俺に食えと?」
「自炊歴、何年だと思っている。それに結婚するまでずっと一人暮らしで、まともに帰省とかもした事が無かったからな。少なくともお前よりは上手く作れるぞ。賭けても良い」
そう言ってふんぞり返った秀明を見て、(そう言えばこいつ、結婚前は家族団欒なんて言葉とは、無縁の生活をしてたんだったな)と思い至り、しかしそれに対して同情めいた事を口にしようものなら、間違いなく制裁一直線の為、気が付かなかった振りで笑い返した。
「相当珍しい物を、食わせて貰えるみたいだな」
「当たり前だ。美子にも食わせた事は無いんだから、間違っても美子には言うなよ? 自分には作ってくれた事が無いのにって、絶対に怒る」
「それは御免だな。それじゃあ俺達だけの秘密って事で」
「男との秘密なんて、真っ平ごめんだがな」
そんな気が置けないやり取りで淳の気分はかなり浮上し、秀明が作った雑煮も十分食べるに値する仕上がりで、淳は心穏やかに大晦日を過ごす事ができた。
一仕事終えた秀明が、夕方も結構遅い時間になってからこっそり帰宅すると、廊下で美恵と出くわした。
「お義兄さん、お帰りなさい。ちゃんと買って来たわね」
「ああ。メールで知らせて貰った美恵ちゃんの話と、食い違うわけにはいかなかったからね」
自分の手元を見ながら声をかけてきた美恵に、秀明が笑って頷く。すると美恵の背後から美子が顔を出して、少し面白くなさそうに言ってきた。
「お帰りなさい。お酒を買いに行っただけにしては、遅かったわね」
「お義父さんに相談したい、ちょっと面倒な事が出来たからな。正月に気分良く飲んで貰いながら話を持ち掛けようと思って探したが、もう殆どの店が閉まっていて手間取ったんだ」
「当たり前よ。大晦日に何をやってるの。すぐに夕飯にするわよ」
「ああ」
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