第28章 年越しは平穏に

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 すらすらと用意しておいた台詞を口にすると、美子は機嫌が悪そうな表情ではあったものの、それ以上突っ込まずに踵を返し、美恵は胸を撫で下ろした。そして彼女と別れて自室に向かった秀明だったが、今度は階段のところで美実と遭遇した。 「あ、お義兄さん、お帰りなさい。今日はありがとうございました」  そう言って早速頭を下げた美実に、秀明は笑って報告する。 「礼を言われる程の事じゃ無いから。淳が喜んで、早速少し食べてたよ」 「そうですか。それなら良かったです」 「特に田作りと昆布巻きと菊花カブは、他の物よりちょっと多めに入れてあったみたいだし」  ちょっとからかう様な表情で美実を見下ろすと、その意味ありげな笑顔の理由が分かったらしく、美実はちょっと顔を赤くしながらぼそぼそと言葉を返した。 「その……、今年と去年のお正月に淳が家に顔を出してお節を出した時に、それが気に入ったみたいでおかわりしてたので……」  微妙に視線を逸らしながらの物言いに、秀明は我慢できなくなって小さく噴き出し、彼女の頭を軽く撫でながら礼を述べた。 「それをちゃんと覚えていてくれたわけだ。ありがとう、美実ちゃん。じゃあ俺は部屋に行くから」 「はい」  そしてにこにこと軽く手を振って見送ってくれた美実を見て、秀明は(本当に可愛いよな)と思いながら階段を上がった。そして自室に入った秀明だったが、そこで美子が仁王立ちで彼を待ち構えていた。 「あなた。一体、どういうつもり?」 「何の事だ?」 「お節を持ち出したわね? 全く、美実ったら。少しずつ抜いたって詰め方が微妙に違うから気付くのが当然なのに、何をやってるのかしら。それとも私の目が、そこまで節穴だと思っているわけ?」  当初惚けようとした秀明だったが、しっかり見破られている事を悟ってあっさり諦めた。不機嫌そうに指摘してくる美子ではあったが、事情を全て分かっていた上で妹達を叱ったりする事はせず、黙認した上で八つ当たりしてきた彼女に、秀明は苦笑いで応じる。 「一見、気が付かない程度には誤魔化したとは思うんだが。美子が相手では分が悪かったな。これで機嫌を直してくれ。ついでに、気が付いていた事も秘密にな」  そう言って自分の机に歩み寄り、その引き出しから有名パティスリーのチョコ詰め合わせの箱を取り出して差し出してきた秀明に、美子は冷たい目を向けた。
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