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年が明けて、そろそろ美実の腹部が明らかに膨らんでいると分かる状態になってからも、藤宮家では週に一回の恒例行事が継続していた。
「美実、小早川さんから届いたんだけど、どうかしら?」
軽いノックの音に続いてドアから顔を覗かせた美子に向き直り、その手にしている半紙に視線を向けた美実は、軽く眉を顰めただけで素っ気なく告げた。
「……駄目」
「そう。じゃあいつもの様に、お返事しておくわね?」
「お願い」
そう言ってすぐ机に向き直り、仕事を再開した妹を見て、美子は溜め息を吐きたい気持ちを堪えながら元通りドアを閉めた。そして自分達夫婦の部屋に入ると、机で何やら会社から持ち帰った仕事をしていた秀明が、振り返って尋ねてくる。
「美子。どうだった?」
「相変わらずよ」
「……そうか」
素っ気なく答えた妻を見て、秀明は思わずうんざりした表情になった。すると美子が、憤懣やるかたない様子で文句を言い始める。
「全く! 甲斐性無しにも程があるわよ、あのヘタレ野郎! ちょっと顔と頭が良いと思って、自惚れてるの!?」
「そう怒るな。淳もあいつなりに頑張っている筈だし」
思わず秀明が声をかけて宥めたが、その途端彼女が般若の形相で言い返した。
「結果が出せなきゃ同じよね? まさかあなた、叩き出した結果じゃなくて、努力する過程が大事だとか、世迷い言をほざく気じゃ無いわよね!?」
「いや、そういう事を言うつもりは無いが……」
「あああっ!! 本当に腹が立つっ!! 今回は二重に×印を書いて送ってやるわ! あなた、その机を貸して!」
「……ああ、分かった」
色々諦めた秀明が書類を纏めて立ち上がると、美子は如何にも不機嫌そうな顔のまま、机の上に下敷きや朱墨液を揃え始めた。そんな彼女に背を向けて、居間でゆっくり書類に目を通そうと廊下に出た秀明は、渋面になりながら無意識のうちに呟く。
「あっさり気に入る名前を考えたら気に入らないが、あまりにも考えつかないのも気に入らないか……」
もうこの事態の収拾をどう付けるべきかなど、全く思い付かなかった秀明は、心底うんざりしながら歩き出した。
※※※
「離婚調停ですか?」
直属の上司である民事部門統括部長に呼ばれて出向いた淳は、予想外の単語を聞いて少し意外そうな顔つきになった。それに頷いた梶原が、事情を説明する。
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