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「ああ。山本君に引き続き、小宮君までインフルエンザで寝込んでな。他にも休んでいる者がいて、今日家裁に回せる人員がいないんだ。専門外だが、携わった事はあるだろう?」
「はい、勿論です。こちらに入ってからも、全分野を一通り経験していますので」
「必要な書類は山本君が纏めているし、争点も申立人と詰めている。念の為、今日の午後からの調停前に申立人と軽く打ち合わせしてから、家裁に出向いて欲しいんだが」
そう依頼された淳は、確かに専門外の事ではあったが、大して気負うことなく頷いた。
「そうですね……。今日は外に出る用事は無いですし、比較的時間に余裕がありますから大丈夫です。行って来ます」
「頼む。それではこれに目を通しておいてくれ」
そう言われながら渡された書類を受け取り、早速準備を始めた淳だったが、この事がここ暫くの心労で荒み切った淳の心に、決定打を与える事となった。
「……部長、戻りました」
「ああ、小早川君。今日は急に頼んで悪かったな。どうだった?」
夕方、事務所に戻った淳が真っ先に梶原の机に挨拶に向かうと、彼は若干心配そうに首尾を尋ねてきた。それに淳は若干暗い表情を見せながらも、淡々と報告する。
「こちらの申立人の主張は、十分調停委員に伝わったとは思いますが、やはり双方の主張の乖離が著しく……。この事例は長引くのは必至かと。それは相手方の代理人も同意見でしたので、今日の協議内容は山本さんにきちんと引き継ぎます」
それを聞いた梶原は、満足そうに頷いた。
「そうか、ご苦労だった。やはり慰謝料とか財産分与が問題か?」
「それも若干問題ですが、一番問題なのは親権の方ですね」
「そう言えば子供が一人いたな。養育費とか面会交流に関してか?」
「いえ……、どちらも子供の引き取りを拒否しています」
端的に淳が告げると、梶原は無言で眉根を寄せてから、改めて淳に労いの言葉をかけた。
「……分かった。それでは報告書の作成を頼む。今日は本当にご苦労だった」
「失礼します」
一礼して上司の前から下がり、自分の席に着いた淳は、早速険しい表情のまま報告書の作成を始めた。しかし一心不乱に三十分程文章を打ち込んでから、力尽きた様に机に突っ伏す。
「…………」
「小早川、どうかしたのか? お前もどこか具合が悪いなら、早く帰った方が良いぞ? インフルエンザが流行っているんだから」
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