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「そうか。それなら良いが。いや、あまり良くは無いが……、どういう事だ?」
険しい表情で梶原から問われた淳は、幾らか理性を取り戻し、森口の上着から手を離して沈鬱な表情で語り出した。
「調停している夫婦、もう別居しているんですが……。二人とも子供を引き取りたくないって言って、小学生の子供を一人置いて家を出たらしいんです」
「え? じゃあどちらかの祖父母が引き取ったとか?」
怪訝に思ったらしい森口が思わず尋ねたが、淳はそれに首を振った。
「それが、実家に連絡して自分の親が引き取ったら、自分が面倒見ないといけないと思ったらしく、双方実家に連絡しなかった上、子供に連絡はするなと言い聞かせて出て行ったそうです」
「はぁ? 何だそれは?」
「それで両親が出て行ってから半月以上、小学四年の子供が一人で家にあったお金で食べ物を買って、自分で掃除や洗濯をして生活していたそうです。ですが手持ちのお金が底をついて、子供が学校の担任に相談した為、教育委員会と児童相談所の知るところとなりました。そして学校が慌てて保護者に連絡を取ろうとしても、登録された電話番号には繋がらず。連絡順位の低い両親の実家に連絡がいきました」
そこで淳が話に一区切り付けると、この間、唖然として話を聞いていた森口が、怒りの形相で問い質した。
「ちょっと待て! それだと育児放棄だし、明らかに児童虐待と見なされるだろうが!?」
「そうですね。それが発覚したのが、調停開始直前の時間帯だったらしく、家裁での調停中に聞かされました。それからは見苦しいにも程がある罵り合いでした」
「罵り合いって?」
何気なく尋ねた森口だったが、淳が暗い表情でぼそぼそと語り始めた為、すぐに後悔した。
「『あの時、まだ子供は欲しくないって言ったのに。責任取ってあんたが面倒みなさいよ』とか、『誰にも言うなと言ったのに、やっぱりあいつはお前に似て低能だな』とか、『私に似たら優しくて気が利く子供になった筈よ。要領が悪いのはそっちに似たんじゃない』とか、『十分お前に似て陰気で愚鈍だろうが』とか。一応、会話は全て記録して来ましたから、ご覧になりますか?」
「……いや、いい。相当見苦しくて、聞くに堪えない内容だったらしいのは分かった」
「そうですか……」
そこで叫んだ事で気力が途切れたのか、淳が静かに元通り椅子に座った。そして項垂れた彼が、呻く様に呟く。
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