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そんな風に周囲ががやがやと好き勝手な事を言っていると、それを横目で見ながら榊が再度淳に尋ねた。
「皆、色々意見があるようだが、要はちょっと読みにくいし、色々連想させる名前だと言えないだろうか? それで小さい頃、嫌な思いをしたとか、君は本人から何か聞いてはいないか?」
そう言われた淳は、何かの記憶が引っかかった。
(そう言えば秀明に引き合わされた頃、美実が自分の名前について、何かネガティブな事を言ってたような……。それに自分の名前に関して以外にも、色々言ってた記憶が……。何て言っていた?)
黙り込んで思考の迷路に入り込んだ淳だったが、そんな彼に向かって榊が冷静に言い聞かせる。
「その場合、子供に自分と似た名前を付けるのは、抵抗があるんじゃないだろうか? これはあくまでも、私個人の考えだが」
「所長!」
「……どうした?」
微動だにしないまま榊の話を聞いていた淳だったが、急に一声叫んだと思ったら、両腕を広げて勢い良く彼に抱き付いた。それを見た周囲が途端に話を止めて顔を引き攣らせる中、親子程の年の差がある榊に抱き付いたまま、力強く宣言する。
「一生、所長に付いていきます。何でもお申し付け下さい」
「うん、……まあ、ほどほどにな。取り敢えず、一つ一つの仕事を頑張ろうか」
「はい」
「皆も仕事に戻ってくれ」
榊が穏やかに声をかけると、淳は素直に腕を離して椅子に座り、他の者も淳に声をかけながらその場を離れた。
「小早川さん、頑張って下さいね」
「気合い入れろよ、全く」
「すみません。取り乱しました」
そして平常心と余裕を取り戻した淳は、それからは一心不乱に今日の報告書を仕上げながら、頭をフル回転させた。
(思い出せ……。あの時、美実は何て言っていた?)
そして、報告書が仕上がる直前にある事を思い出した淳は、途端に笑顔になってレポート用紙を引き寄せ、一枚ずつ手早く書き込んだ。それから再度報告書の作成を進め、完成すると同時に梶原の机へと向かう。
「部長、こちらが本日の報告書になります」
「ああ、目を通しておく。お疲れ」
「お先に失礼します」
その時、梶原は部下の顔色が先程とは比べ物にならない位、生気に満ち溢れている事に気が付いたが、余計な事を言って引き留めたりはしなかった。
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