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彼女が僕の名前を呼びながら、こてんと擬音の付きそうな軽い感じで首を傾げる。どうやら意識を持っていかれていたようで、笑える。
「…そうだなぁ。可愛い女の子に腹上死させられるなら、悪くないかな?」
「ふふっ、そう。そうなの」
チキチキ、と無機質な音をその手に響かせて、彼女は笑う。本当に楽しそうに。
「や~めた!」
何を?と口を開きかけて、愚鈍だなと思う。
「逃がしてあげない」
笑う彼女に少しも期待しなかったと言えば嘘になる。だってそれはとても魅力的だったから。この赤い夕陽に溶け込めたなら、
「とても綺麗だっただろうに、それは残念」
そう言って肩を竦めてみせると、彼女はコロコロと声を出して笑った。
「やっぱり君、面白いね」
チキチキ、チキチキ、彼女の手にあるカッターナイフがスカートのポケットに仕舞われる。
「ばいばい」
そう言って、彼女は僕の唇を掠め取ると何事もなかったかのように教室を出て行った。
窓の外に目をやると、もう夕陽は沈んでオレンジと水色が混ざっている。
赤い夕陽に照らされる、赤い血塗れの自分の身体。その映像があまりにも鮮やかで、やっぱり勿体無かったかなと一人ごちた。
そして次の日、彼女は死んだ。
緊急で行なわれた生徒集会。
どうやら飛び降りたらしい。遺書らしきものも見つからず、自殺か事故か決めかねているようだった。
だけど僕にはわかった。
彼女は逃げたのだ。この世界から、この焦燥から。僕を置いて、一人で。
馬鹿だな。僕も逃がしてくれれば良かったのに。そう思わずにはいられないけれど。
けれども一先ず、
「脱出成功おめでとう」
彼女が地獄に堕ちていない事を祈って。
僕は今日も生きている。
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