1人が本棚に入れています
本棚に追加
2、変わらぬ日々
彼女が死んで早一月。
始めのうちは休校になったりもしたけれど、特にマスコミが騒ぎたてるようなこともなく、彼女の件は地方紙の片隅にぽつりと一度載っただけだった。
たいして交流もなかったくせに啜り泣く女子たちの薄ら寒さも身を潜め、彼女が逃げ出した日常は何も変わることなく過ぎていく。
現に今も家庭科の調理実習真っ最中だ。
クラスから一人いなくなったのに誰も違和感を感じていないようで、でもきっと、彼女はこの状況を望んでいたんだろう。変わらぬ焦燥の日々に一石を投じたかったわけじゃない。ただ逃げ出したかった。それだけだ。
なんて、僕は彼女じゃないから本当のところはわからないけれど。
「ちょっと~!早く火に掛けてよね!」
「あ、ごめんごめん。ボーッとしてた」
「なにそれウケる!」
なにが楽しいのかケラケラ笑う女子に、一応笑い返しながら鍋に水を入れて火に掛ける。
プツリ、プツリと産まれる泡の粒は小さくて少ないのに。熱が加われば加わるほど、その泡は大きく激しくなっていく。それは僕の感じる焦燥感に酷く似ていて、まるで泡が声にならない悲鳴をあげているようだった。気持ち悪い。まただ。吐き気じゃない何かが込み上げてくる。
誤魔化すようにほうれん草を乱暴に突っ込んで、菜箸でぐるぐるかき混ぜた。
「ねー、これってどんくらい茹でんの?」
「ちょ!もう出して出して!」
家庭科は得意なんです!みたいな顔して張り切ってる女子に聞けば、あっという間にほうれん草はザルに出された。
「ははっ、ちょっと溶けちゃった」
「も~!」
「でもありがとう。やっぱ女子っていいな~」
そんなこと欠片も思っちゃいないけど。しかし目の前の女子は満更でもなかったらしい。少しはにかんでいる。気持ち悪い。
あぁ気持ち悪いなぁ。気持ち悪い。なんかもう全部全部気持ち悪い。ぐらぐらぐらぐら。ちゃんと真っ直ぐ立っているのに、視界が揺れる。
ふと。不安定な自分の肩に重みがかかり、僕の世界が安定する。
「いーけないんだいけないんだ!彼女にチクっちゃおうかなー?」
「あほか」
助かった。
この何も考えていないような能天気な友人は、意図せず僕を掬い上げる。
おかげですんなりと日常に戻れた。
最初のコメントを投稿しよう!