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「付き合ってくれてありがとう」
「え」
「お見舞いのことだよっ」
「ああ、いいよ。どっちみち年内にもう一度、病院に顔だそうと思ってたし」
毎年、母は年末年始に外出許可をもらって家で過ごす。そのあたりは父親と姉がいつも準備しているので任せっきりだ。
二人の足はまっすぐ母の病室に向かっていた。自分はともかく、友香はいったい何度、ここに足を運んでいるのだろうか。
「おばさま、友香です」
「いらっしゃい。あら、大輝も一緒?」
「おう」
病室に入ると、友香は持ってきた花束を母にちらりと見せてから、そのまま自分に託す。それを受け取って、花束を飾るための花瓶をベッド脇の棚から取り出す。
「はなちゃんから聞きましたよ。春からおうちで介護受けるんですって?」
「ありがとう。ゆめも中学生になるし、主人も早めに帰れる部署に異動になったこともあって」
「よかったですね」
これは、つい先週くらいに父親が突然言い出した。
どうやら家族の誰にも言わなずに、そのための準備は進めていたようだ。
父は口数は少ないが、母への愛情がとても深い。それだけは自分たち子供にも伝わってくる。
こんな夫婦になりたいと、憧れていた頃もあったのに、と急に思い出して、申し訳ない気持ちになる。
「これからは、おうちに遊びにきてね。おばさん待ってるから」
「はい、大輝のいないときに行きます」
「なんでだよ」
花を飾る手を止めて、振り返って抗議すると友香がけらけらと笑った。
二人のやりとりに、母親も目元を緩ませていた。
「おばさま、そういえば私から報告があるんです」
「あら、なあに?」
何か、あったのだろうか、と花瓶を母のベッドの窓際に置きながら耳を傾ける。
「私、もう大輝のことはあきらめました」
思わず、友香を見た。友香の表情は柔らかいままだった。
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