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「友香ちゃん……」
「おばさま聞いてくださいよ。大輝ったら、こんなにイイ女が隣にいるのにまったく私に振り向いてくれないんです」
冗談まじりに言う友香に、母はかける言葉が見つからないのか、困った表情を浮かべている。
「友香、おまえ……」
「振り向いてもらえないのもあるけど、私じゃ大輝を幸せにはできないことがわかったんです」
母は、友香の膝でぎゅっと握られた拳の上にそっと手を重ねた。
「チャンスはいくらでもありました。二人の時間もありました。でも、私には無理だったんです」
途切れ途切れの声で告げた友香は、そのまま俯いてしまった。
こんなとき自分はどんな顔をすればいいのだろう。でも、ここで自分が甘い言葉をかけるわけにはいかない。自分が友香を傷つけたことは間違いないが、この先、自分が友香の望む未来を叶えることはできないことも、間違いないのだから。
「おばさま……いつも大輝の話聞いてくれてありがとう」
「友香ちゃん」
「……」
優しい声音が友香にかけられる。
「女の子を見る目がない息子で、本当にごめんなさいね」
「違います。大輝は……何も悪くないんです」
「……」
「私、大輝と別れたこと、本当に後悔して、また振り向いてもらえるために頑張ったですけど、私では無理なんだってわかったんです」
友香と別れたのは高校三年のときだった。それから自分の心には友香の言葉がずっと残っていた。同時に、友香もまた自分を傷つけたことを悔やんで、今に至るというのなら、明和製菓に就職したことも、少ならからず自分が影響しているかもしれない。
昔から、明和製菓のアーモンドチョコレートが好きだったことを友香は知っていた。もし、広告代理店に就職した自分のことを知って、広報担当として出会ったことを考えたら、友香は純粋に自分を想っていてくれたことになる。
かつて龍崎から聞いたことがある。
同級生である寅山と、デザインを勉強している黒川で一緒に仕事をしようと誓いあった、と。それは本当に想いが強くなければ実現することはできない。
友香の気持ちは嬉しい。そこまで想ってもらえたことも。
「頑張ったのね、友香ちゃん」
「おばさま……私、自分のことしか考えてなくて、大輝のことをまた傷つけてしまって…」
泣きじゃくる友香の手を母は優しく撫で続ける。
「大輝のことなら大丈夫よ。ちゃんと友香ちゃんの気持ちはわかっていると思うし、それであなたを恨んだりするようなことはないわ」
母に見つめられ、頷いた。
確かに、明和製菓の広報担当という立場を利用した友香の行動は褒められたものではない。自分とコンペを天秤にかけるなんて、公私混同も甚だしい。
でもそれでも自分の気持ちは動かなかった。だから決して傷つけられたわけではない。自分は、友香の気持ちに応えることができない。それだけを申し訳なく思う。
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