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獅子ヶ谷は、ぽかーんと口を開けて、史上最大にマヌケな顔をしている。
「俺もだって言ったの、聞こえた?」
「う、うん」
獅子ヶ谷は過剰なくらいに、こくこくと頷いた。
「俺、おまえと別れてから、案外大丈夫かもって思ったんだけど、それってただおまえのこと考えないようにしてただけだった。逃げてるだけだった。それで立ち直ったつもりでいたけど、全然ダメだったんだ」
「ハムちゃん……」
「そんな俺が他の誰かのことなんて考えられるわけないだろ。友香とは、時々食事に行ったけどそういう話は一度も出なかった」
「そうなんだ」
ほっと安堵したような、それでいて複雑な表情をする。
今の獅子ヶ谷は他人の不幸を喜んだりするような男じゃないから無理もない。
「友香は俺達のこと理解してくれた。担当は降りるなって言ってたぞ」
「俺、もう退職届を出してるし」
「新年早々、ちゃんと社長に謝れ。多少の謹慎はあるかもしれないけど、それこそ大事なものを見失うなよ。おまえのためにデザイン課は力を貸してくれたんだろ? それならちゃんとおまえが軌道にのせろ」
表彰式で獅子ヶ谷がMVPになったときに喜んでくれた仲間たちを壇上から見ていた。
孤立していた獅子ヶ谷が自分で勝ち取った信頼を簡単になくしてほしくない。
「でも……」
「おまえなぁ、いい加減にしろよ!」
煮え切らない獅子ヶ谷の胸ぐらを掴む。
「俺が好きなおまえは、もっと俺様で生意気で堂々としてる! そろそろ元に戻れよ!」
「そんなこと言ったって…」
「俺がおまえを許すって言ってんだ! 一生俺のそばにいるんだろ、しっかりしろ!」
「……ふは、ははは」
獅子ヶ谷は肩を震わせて、笑い出した。
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