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恋人はあの日以来できてない。当然、セックスだってあの日以来誰ともしていない。はっきりと自分の意思を示すタイプの女性が苦手になったのは、あのときのことがトラウマになっているせいかもしれない。
これから、もし自分に恋人ができるなら、奥ゆかしくて男性の後ろを三歩下がってついてくるような大和撫子のような女性がいい。さらに料理ができて掃除もできて、女性らしい人であれば、なおいい。そんな女性に出会えるかもしれないとほのかな期待を抱き、高校卒業してから、事務に長けた専門学校を選んだ。実際、イマドキ女子は大和撫子に程遠く、よっぽど自分のほうが料理もうまく、家事もできた。ついでに成績も、自分のほうがそのへんの女子よりも上だった。
(俺のイメージする大和撫子は現世にはいないのか)
社会人になった今でも、そんな女子にはお目にかからない。浜村の勤める"龍崎コーポレート"は広告代理店という業種柄のせいか、女といえども男並みの神経と体力を持っていて、男性社員よりも雄々しく感じるときもある。
(別に恋愛がすべてではないし)
積み上げられた出張手配書に捺印しながら、浜村はため息をつく。
仕事は嫌いではない。専門学校であらゆる資格を取得して、一流広告代理店のこの会社に、総務として就職したまではよかった。それでも社会人として未熟だと思っている自分なのに、そんな自分が社内の誰よりも事務能力に優れていて、その功績を認められたのか、二年目の春に総務部の主任になっていたことを除けば。
(俺程度の能力で、事務方の責任者を任されるってこの会社はどうなんだ)
今では、自分がこの会社を裏側から管理しているといっても過言ではない。
営業部の人間は、売上しか気にしない荒々しい連中ばかりだし、制作部の人間は、デザインや構成のことしか考えない連中ばかり。
そんな中、自分の所属する総務部だけが、組織のことを考えて行動している気がする。総務部のメンバーは、自分にとっては手足のようなもので、特に最近はようやくチームとして会社に機能するようになってきた。
「主任、もうすぐ三時ですが、お茶はどうしますか?」
「もうそんな時間か。今日はコーヒーがいいな」
「はい、わかりました」
自分の唯一の楽しみは、このおやつの時間だ。営業が出張にいったおみやげをもらうこともあれば、それぞれが持参してくるときもある。
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