3601人が本棚に入れています
本棚に追加
(いや、まてよ。世間で、この商品のことが話題になってたのかもしれない。それだけだ。きっとそうだ)
冷静を取り戻し、表情を変えずに受け取った。
「ありがとう、女子に渡しておくよ。これは限定なのかな。俺はあんまり詳しくないけど」
少しわざとらしかっただろうか、と脳裏によぎったが、一般の人がこの限定品の価値をどれくらいに考えているのかわからず、ぎくしゃくとした答えになった。
「どうせ今日は、限定品をコンビニで買ってたんだろ」
「え?」
「これ、アンタが楽しみにしてるの、俺知ってんだけど」
「な、何を言ってんだ!たかがお菓子じゃないか」
「いいよ、隠さなくても。どうせこれも工場じゃなきゃ買えないから諦めていたんだろ」
「な、なんのことだ」
どうしてそこまで知ってるんだ。こいつも明和製菓好きなのだろうか。
(ん、待てよ?俺が楽しみにしてるのを知ってる……だと?)
『ドンッ!』
突然の頭上からの音に、体がびくっと跳ねた。獅子ヶ谷は、浜村のはるか頭上の壁に、力強く手をついたのだ。その顔は、まっすぐと浜村を見下していた。
「まだ、気づかねーのかよ……ハムちゃん」
「ハムちゃん?!」
「アンタ、影でみんなにそう呼ばれてるの知らねーの?」
「はぁー!?」
「ちっさい体で機敏に動いて、机にはお菓子をたくさん隠し持ってるから、ついたアダ名だろ」
「な、んだって?」
確かに浜村は背が小さい。それよりも聞き捨てならないのは机の中の菓子のことだ。わざわざ鍵つきの引き出しに隠していたのに、獅子ヶ谷だけじゃなく周囲の人間まで知っていて、それをハムスターに例えられている上に、影でそんなかわいらしい名前で自分が呼ばれているなんて。いろいろと情報量が多すぎて、浜村は頭がクラクラしてきた。
「ハムちゃんさ、いくらなんでも鈍感すぎねぇか」
「ちょ……ハムちゃんって呼ぶな!鈍感ってどういうことだ」
「俺が今まで、どんだけアンタのために菓子運んでたと思ってんだ」
「な、何を……そもそも俺のためなんて、ひとことも」
「早く俺の気持ちに気づけよ!」
「そんなの初耳だし、気づけってほうがおかしいだろ!」
「あー、もうめんどくせえな」
顎を指先で持ち上げられ、後頭部をわし掴まれたと思ったら…獅子ヶ谷の顔が近づいて、浜村の唇はあっさりと塞がれた。その力は圧倒的で、胸をぐいぐいと引き離そうにも叶わなかった。
最初のコメントを投稿しよう!