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出口まで見送って下さった大先輩の佐久本さんに何度も頭を深く下げつつ、お世話になってる舞台美術の会社を後にする。その視界から自分が完全に出たことを確認し、バッグから携帯を取り出して電源を入れ、彼の連絡先を画面に出す。LINEじゃなくて通話。
直接電話しなきゃ。この近くの何処かで面接の終わりを待っていてくれるはず。
コールが幾つも続かないうち、あっという間に応答があった。連絡を待ってたな。携帯を耳に押し当てて、呼出音を聞きながらどきどきするっての、ちょっとやってみたかった。
普段わたしから彼にってあんまり電話する機会ないし。
「…あ、立山くん?大変お待たせしました。今終わったよ。…どこに行けばいいかな?」
「困ったなあ。もう二人、そろそろいいんじゃないの?ちょっとよく話し合ってみてよ。…あ、もしかして、スウィートが駄目?えーとね、正直に言うと、セミスウィートだよ。そんなに大袈裟なもんじゃないでしょ?」
次から次へとぺらぺら、矢継ぎ早に。わたしは腕を胸の前で組んで、後部座席でふんぞり返った。
「だって、吉木さん。わたしちゃんと事前にはっきり言いましたよ。部屋別々でお願いしますって。何も言わないでいて、今日になって文句言ってるんだったら悪いと思うけど、前もって敢えて伝えてるのに…」
「いやぁ、ついつい。…いつものお約束の文句だと思ったから、はは。んじゃ、今からでもツインに替えてもらおうか?空いてればいいけど。どうかな、デラックスツインルーム…」
「デラックスじゃなくても。…てか、あの」
わたしは急に我に返って口ごもった。隣に立山くんその人がいるのに思わず感情を露わにしてしまった。それに。
…正直、ベッド別々ならいいって段階でもないかも。わたしたち…。
「あ、そしたら、わたしにあの事務所の部屋貸して下さい。今夜はあそこに泊まります。…立山くんはそっちのスウィートに泊まるといいよ。大体わたしには分不相応だしさ」
「ダブルのスウィートルームに男一人で泊まるの?そんな虚しいことこの世にある?」
これは吉木さんである、一応断っておくと。立山くんはむすっと黙り込んでこちらに目も向けない。
やっぱし怒ってるか…。わたしは肩を竦め、吉木さんに答えた。
「いや、そしたらツインに替えてもらって。吉木さんもそちらに泊まれば…」
「もっとキツいよ、男二人でデラックスツインとか!」
そんなこと言われても。
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