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板張りの床に座り込んで窓の外を眺めていたのは、若頭だった。
冬の夜空によく似た仕立ての良い藍染めの着流しに、黒灰の羽織。
煙管を唇につけ、浅く吸い込み、そして吐き出す。その動作、その呼吸、髪の毛の先から足の爪のかたち。
男をかたどるすべてが、息を呑むほどに美しくて、呼吸すら奪われる。
服も、部屋も、庭も、玲瓏たる月も、深い夜も、静寂さえも、この男を飾り立てる道具となる。
美しい男だと思った。
初めて会った、この男に負けたあの日、あの瞬間から。
ヒトが月の魔力に魅せられることと同じで。
とっくに囚われていた。
自分のちっぽけな心など、はじめから。
(本当に、なんで今、……居るかなあ)
男のすぐ傍の床に転がる和菓子の包みを見て、音もなく涙が零れた。
未開封の、金平糖が入った和紙袋。
また、土産か。
あまりたくさんは食べきれないと、言ったのに。
「……、っ…、」
口を手で覆って、嗚咽を噛み殺した。
絶対に悟られないようにと、必死に唇を噛んだ。
痛かった。胸が痛かった。
すべての感情がぐちゃぐちゃに混ざって、今まで抑え込んできたものすべてが咳をきったように。こころが痛くて堪らなかった。
(少しだけ、少しだけ、近付けたと思った。)
(なのに…───どうして、こうなる。)
どうしてこんなに涙が止まらないのか、辰巳は自分でもわからなかった。
ただただ溢れて、あふれて、コントロールが効かない。
辛くて、息が詰まって、肺を鷲掴みにされたように苦しいのに、どうしようもなくその背中を掻き抱きたい衝動に駆られる。
くるしい────狂おしい。
恋しい。いとおしい。
でも。
自分と関わり続ければ、きっと。
この男はいつか、ひとりぼっちになってしまう。
無惨に破れた部屋の障子が視界に入る。
現実から逃げるようにシーツを頭までかぶって、静かに枕を濡らした。
どうして忘れていられたのだろう。
己が、疫病神と呼ばれていたことを。
他者に己がもたらせるものなど災いだけでしかないことを。
部屋にはそよぐ風の音と、紫煙を吐き出す音のみ。
二人の世界。二人だけの六畳一間。
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