苛む千年の秋

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 ────か、コン……。  一定のリズムを刻む鹿威しの響きが、開け放たれた窓から六畳一間に届く。  音につられて顔を上げた辰巳は、ゆっくり伸びをして本を片手に立ち上がる。  本棚の上段隅に戻した本を最後に、この部屋にある書物はすべて読破した。元々読書家でもない、学舎にはほとんど通えず独学の知識しか持っていない辰巳からすれば、別に好き好んで読んでいたわけではないけれど。  しかしそれ以外に暇を潰す手段も皆無なのが実情。  退屈。  人並みなその思考さえ、今や薄れかけている。  庭は日を追うごとに秋の色が濃くなり、赤や黄に紅葉した木々が景色をうんと華々しく彩る。日中だとまだ日差しが強いが、朝晩は一気に冷え込んだ。  この部屋にはカレンダーがないので正確な日付はわからないが、季節は本格的に秋一色に染まっていた。 (……いつまでこの状態が続くんだろう)  もう半年以上も前、ここに連れてこられて二週間にも満たない頃。  一度だけ、脱走を企てたことがあった。  まだ、強要される行為に苦痛しか感じられなかった時期。まだ、ここまで闘争心が折れていなかった頃。  男が帰宅する前に、絶対安静の右足を引き摺って裸足のまま庭に出た。  結果はこの通り、失敗に終わった。  高い塀をよじ登るには不自由な足では困難で、出口を探して塀づたいにさ迷えど、鼠の抜け穴すら見つからなくて。  とっぷりと日が暮れた頃、万策も尽き体力も限界、絶望と共にその場に力なく崩れたところで、あの男に捕まった。 『───逃げられると、高を括ったな』  辰巳を迎えに来た時の、あの時の表情は目に焼きついている。恐らくすべてあの男の計算の内だった。  その後、仕置きと称してとある部屋に引きずり込まれ、男の矜持を粉々に砕くには十分過ぎるほどの仕打ちを受けた。  刷り込まれて、植え付けられて。  あれ以降、現状に対して諦めが先立つようになったと思う。  それから月日を重ねることで、ある種の歪な依存すら抱くようにもなった。  どうせ外界には敵しかいない、どうせ逃げてもまた捕まる、どうせこの先も、独りぼっち。  その認識の麻痺と、それから。 (せめて、あの男に殺されるまでは──)  落日に彩られた夕空が刻一刻と藍に支配されゆく。部屋を侵食するのは果てのない孤独の闇。  若頭が最後にここを訪れた日から、実に三週間が経過していた。 *
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