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「お前にまだ男を食い荒らすほどの余力が残っているとは思っていなかったな」
「まさか。言いがかりですよ」
あいつ、すぐに触ってきたんですよ。俺と目があっただけで。
などと、弁明する気など欠片もない調子で身の潔白を宣えば、無骨な指に、ガ、と強引に顎を捕らえられる。
ひりつくような眼光とかち合う。
言い訳はそれだけか、と。
ぎらりとこちらを見据える、獰猛で貪欲な目が語る。
(ほら。怒った。)
「お前が、唆したんだろう」
低く苛立った声を聞き。
うっそりと、組み伏せられた辰巳の唇が緩慢に弧をえがく。
「その、唇で」
ゆっくりと、瞬き。
「その、眼で」
裾の隙間から潜り込んだ太腿を這う妖しい手に、身体を震わせて。
「この、カラダで」
覆い被さる男の首へ、甘えるように腕を絡ませて。
「俺以外の人間を、誘いやがって」
だからそれが、言いがかりなんだと。
微苦笑を漏らしながら、しかし男の項をするすると撫でる悪戯な指先はまるで先の婬情を催促する娼婦のよう。
「上に乗るか、下で喘ぐか。選べ」
「……痛くしないなら、どっちでもいいですよ」
「シツケの一貫だ。覚悟しろ」
しゅるり、着崩されたブラックスーツの真ん中に揺れる墨色のネクタイが、男の長い指によって引き抜かれる。
シャツの間から覗く男らしい太い首と、明暗を深く刻む鎖骨。
留具をひとつ、またひとつと外す度に露わとなるのは彫刻めいた造形の美。
着物を半端にはだけさせた辰巳は男の均等の取れた身体を下から見上げ、表面上では感嘆の吐息を漏らす反面、始まる責め苦に毎度のごとく腹を括る。
何度と繰り返された行為に身体は順応しようと、身の内はそう容易くとはいかない。
暗がりに灯るのはたったひとつの行灯。
暖かみあるモダンな橙色が、ゆらり、ふたつの影を歪に壁へと映し出した。
六畳一間の空間が淫らな閨へと変ずる刻。
目を閉じ受け入れる他に、選べる選択肢など始めから存在しない。
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