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「…─────殺せ」
広域指定暴力団・屋爪組諌名会総本部若頭。
弱肉強食の世界で生きる年若い男を侮ったつもりはなかったが、半年前のあの日、辰巳の命を握ったのはたった一人の獣だった。
元居た古巣がヤクに手を出し、屋爪組の第二次団体に目を付けられ、都度都度の政治的駆け引きを経てついには抗争へと発展した、とある雨の夜。
辰巳は、誰がどう捉えようと鉄砲玉だった。
まさしく切り捨てられる前のトカゲの尻尾だった。
ついに鉢が回ってきたと悟った。
死を覚悟していた。
それでも一死報いようとM500型のリボルバーを片手に敵を淘汰することで生を全うしようとその身を駆使し、引き金を引き、多数の命を道連れに奪った。
最期の悪足掻き。
自分を捨てた組織への忠誠というより、ただただ己の矜持のために。
しかし、路地裏に響いた一発の銃声音がすべての終止符を打った。
バランスを崩し蹲った辰巳の額に、銃口が突きつけられる。
灼熱の痛みを訴える己の右足首を固く握り、見上げた先にいたのは泥沼に咲く蓮の花のような、血で血を洗うこちらの世界には場違いとも言える、途方もなく美しい男。
鍛え上げられた刀のごとくきりりと鋭い眦と、筆筋を一本降ろしたような鼻梁。
スーツの上からでも分かる厚い身体は、しかし血の通いを疑うほど、鉄の冷たさを内包する。
ぷちぷちと抜ける前髪などお構いなく強引に顔を引き上げられ、咥内に突っ込まれた銃身を噛んだ味は未だに色濃く覚えている。
この男の雄芯を咥える度にあの日の屈辱がまざまざと思い出される。
あの日。
殺せと嘆願したあの夜。
この男が己から奪ったものは命ではなく自由だった。
それが、若頭───稲城律人との、始まり。
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