蛇の道につき*

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* * *  持ち込んだ酒を洒落っ気のないコップ二つに注ぎ、相手に差し出すと警戒を奥に潜ませた無機質な目が手元を注意深く観察している。  霧島が酒を煽ると心配ないと判断したのか、六畳一間の住人はようやく酒を舐めるように飲んだ。  襟足の長い濡羽根色の髪と色白の肌。  異国の血でも混じっているのか、ひとみの彩は滴るような琥珀色。  人形みたいな男だ。  というのが、霧島が持った最初の印象だった。 「では改めて、初めまして。俺は霧島ってんだけど、律あたりから聞いてたりする?」  住人と膝を突き合わせるように布団の上に胡座を組んで座った霧島は、貼り付けた笑みもそのままに自己紹介を始める。  名を明かしたのはこちらに敵意はないと相手に思わせるための記号に過ぎず、偽名だと勘繰るならそれでもいい。 「……給仕係から、少し聞いてる。あんたが若頭補佐か」 「おや。口が軽いなァ、あの坊やも」  しようのない子だ、とばかりに肩を竦める。  本来は仕置きが必要な事例だが、幼い頃から時間を共有してきた給仕係のミスなら余程のものではない限り霧島も目を瞑っている。  その甘さも身内限定ではあるが。 「それで、俺に何の用だ」  声は淡々としており、それでいて感情を欠いている。  おまけに口の聞き方もなってないなぁ、と胸中で呟きながら、霧島は早くも本題を切り出す。 「単刀直入に言おう。お前さん、この組に鞍替えする気はねえかい」  霧島の提案に、住人は特に表情を変えることなく耳を傾けていた。  そして考え込むように目を伏せる。  提案を予想していたのか、ポーカーフェイスを保っているのか、はたまたこの生活に磨耗しきった精神がこの程度で動揺するはずもないことを表しているのか、思ったほどのリアクションはない。  さらに言を続ける。 「悪ィ話じゃねえと思うんだけどなぁ。ただの穀潰しよりか働き手になってくれた方がこっちにも都合がいい」 「……」 「それにお前さんだって、この狭い部屋で死ぬまであいつの慰み者になるよりずっとマシだろう?」  伏せていた瞼が持ち上がる。  変わらず無機質な眼差しではあるが、さすがに聞き流せないフレーズだったのだろう。  大方の予想通り、目の前の男と古馴染みの間に身体の関係があることはこの反応から見て間違いない。  酒で喉を潤して、核心に迫らんとさらに畳み掛ける。  
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