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霜月の朝。
庭先に出た庭師は冷たい空気を肺いっぱいに吸い込み、大きく吐き出した。白い息がふわりと広がり、空気中に霧散する。
澄みきった空が清らかな水面のように広がっていた。
11月中旬。近づくのは冬の足音。
赤や黄、橙の絨毯が庭先を埋める。昨日の木枯らしで落葉樹はすっかり葉を落としていた。
これから厳冬を越え、春を待ちわびる多種多様の草花。
それに伴い忙しくなるのが、庭師の仕事だ。
「おはよう、みんな」
毎朝の恒例、植物への挨拶が始まる。
肩に落ちてきたイチョウの黄葉がまるで挨拶を返してくれたみたいで、親心も相俟って小さな幸せを感じる。
手始めに落葉樹の剪定から始めよう。
今日も忙しくなりそうです、という思いとは裏腹に心底嬉しそうな笑顔を浮かべて、庭師は道具を取りに倉庫へと足を向けた。
午後になり、庭師は回り廊下に囲まれた中庭へと来ていた。
白砂利を踏みしめ、一際鮮やかな松に近付く。
午後からは松ぼっくりの回収作業にあたっている。放っておくとぼっくりに養分が集中して、樹体が弱ってしまうためだ。
さすがに直に触れると怪我の危険があるので、軍手をはめて作業に没頭する。
「ふぅー……」
陽が差し込まない涼やかな回り廊下に腰かけて小休止を挟みながら、着々と作業を進めた。
できるだけ時間をかけたくないのだ。
中庭は日が遅くなるにつれ邸の人間も増え、自ずと庭師の姿も人目につきやすくなる。それを避けるために。
自分のことならどんな悪口を言われようが庭師は動じない自信があるが、手塩にかけて育てた庭を貶されるのは別だ。
かといって時間短縮のために作業を雑にするわけもいかないから、自ずと減るのは休憩時間。
首をしっとり湿らせる汗を手拭いで大雑把に拭き、腕時計に目を落とした。
あと五分、休もう。
「頬、汚れてますよ」
「っ!」
完全に一人きりだと油断していたせいで、庭師は内臓が竦み上がる感覚に襲われた。
斜め後ろを振り返ると、そこには。
「ぁ……弁護士、さん」
ぱりっとしたスーツに銀フレームの眼鏡。そして知的で怜悧な瞳。
数ヶ月前に庭先で少しだけ話した顧問弁護士が、庭師にハンカチを差し出していた。
どういうわけか、その姿を一目見ただけで心臓がぎゅっと音をたてる。
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