第一部 口に逃がすは妙薬*

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 瞬く間に高みへと昇った辰巳の身体はガクガクッと断続的に跳ね上がり、そしてゆっくりと弛緩した。  見失いかけた自我を引き戻し、男にしなだれかかりそうになる身体を、男の肩に手を置くことでぎりぎり留める。 「、は…」 「………、ぁ…っ」  男が短く、官能的な息を吐いた。  どろり。男の雄蕊から内襞へと、避妊具越しに注がれた液体の熱を感じてせつなげな声が漏れる。  耳を掠めた男の吐息が女の嬌声以上に辰巳の肌を粟立たせ、内心で舌を打った。  身体を作り替えられていると自覚するたび、ひどく胸が竦む。 「……」 「……」  一秒にも満たない間。  ごく至近距離で交わる、二つの視線。  物欲に濡れた瞳は同じく。  目線の高さは辰巳が男の膝に乗っていることもあり、普段の身長とは逆転している。  根負けしたのは辰巳の方だった。ついと逸らし、視界を閉ざす。  男の黒い眼球は、まるでこちらの深淵を暴こうとする獣のようだ。  そして見るものすべてを惹きつけ引き込む魔性を併せ持つのだから、始末に終えない。  自身が囲い込んだ人間が浅ましくも欲に溺れる姿を、この男は一体どう見ているのだろう。  そして、何を思うのだろう。 「………何を考えている」  顎を捕まれ、再度問われる。  しかしそう問いたいのは辰巳も同じだった。 (それは俺が聞きたい) (どうして俺を、殺さない?)  辰巳が疑問に思うところはそこだ。  そもそも己は元々、諌名会のシマで麻薬を密売した組に属していた人間で。  抗争中、この男と同じ組織の組員を、この邸に住む人間の同胞を、殺した。  間違っても拾われる命ではない。  実際、連れてこられた当初は拷問の案も出た。寝込みを襲われかけたこともある。  すべて男の手により不発に終わったが、逆に言えば、己の命はこの男が握っている証明に他ならない。 (男に生を委ねるくらいなら。ならばいっそ、殺してくれ)  そう思う、理性的な自分とは裏腹に。  聞きたくない。  まだ知りたくない。  泳がせて、気付かないまま。  このまま、もう少し、もう少しだけ──…。 「辰巳」  耳元に寄せられた脣。  やけに甘く響く己の名。  唐突に、疲れ果てた身体が休息を訴えた。  刺青を抱えた逞しい肌を網膜に焼き付け、意識を手放す。  ぐらりと揺らいだ肢体を、男の力強い腕が受け止めて。  そうして、夜は更けていく。  
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