捕らえられねば要らない狸*

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* (………居ない)  翌朝。  朱々と燃える朝日が障子を通して柔らかい光を六畳一間に齎す。  布団に横たわった辰巳は、目を閉じたままシーツの中を指で探った。ここには自分一人しか居ないことなど見なくともわかっているのに。  ゆっくりと目を開け、上体を起こす。 「~~、痛ッ!」  そして再び布団の中へ舞い戻った。その衝撃でまた呻き声があがる。  腰が痛い。身体の節々が痛い。  いつものように眠ってる間に身体を清められてはいるが、行為の形跡が消えるわけではない。  文机の上でバックでやったのがまずかった。抽挿の度に激しく揺さぶられ、肘やら膝やらがごりごり擦れて痛かったことを覚えている。  腰の痛みはただ単に野郎の絶倫のせいだが。 「痛って……」  行為中ずっと押さえられていた手首が痛む。所々についた男の爪痕が炎症を起こし赤く腫れていた。  女のようにほっそりとした腕を眺め、自分の身体ながら失望せずにはいられない。 (半年前はここまで貧相でもなかったのにな)  この邸に放り込まれるまでは、辰巳もこれほど華奢ではなかった。自分より一回り大きい男でも一捻りできるくらいには鍛練を重ねていた。  弱いままではいられない世界だったから。  それが今はどうだ。  元々白かった肌はさらに白さを増し、運動量が極端に減ったせいで筋肉はこ削げ落ち、食はみるみる細くなっていく。  容易に押さえ込まれるほどの非力な身体を暴かれ、しかし抗えずに欲を発散する己の情けなさに渇いた嗤いが込み上げる。  あの夜の銃撃戦の敗北を最期に、すべてを終わらせてくれれば良かったのに。  敗者は死に方すら選べないというのか。 「失礼します。朝餉をお持ちしました」 「…そこに置いとけ」  襖の向こうに人の気配。腰を庇いながら身を起こす。出た声は昨晩酷使したせいで随分と嗄れていた。  高校生くらいの、まだ幼さを残した青年が襖を開け、黒塗りの膳を運んでくる。彼が辰巳の【給仕係】だ。  辰巳の身体の至る所に残る情痕を盗み見ては顔を赤らめる姿が初々しい。  動けない代わりに障子を開けて貰えるよう頼み、朝の涼やかな空気を肺いっぱいに吸い込んだ。  まだ部屋には女の残り香が漂っている気がする。  前来たのが三日前。その前が五日。次はいつ来るのだろう。それとも次こそ終わりだろうか。  また、男の来訪を待つだけの日々が始まる。  
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