悲しきサラリーマン

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「あえて社長個人あてに出してきたということは、政府は本気だということですね」 「ああ。後になって、知らなかった、と言えないようにしたということだ」 「スキャンダルを報じないことが、日本の治安につながるとは、どういうことでしょう?」 政府の意図は安東にも分かる。 分からないのは、それをわざわざ、社長が自分に聞くことの意味だ。 「大臣がコロコロ変わるようでは、安定した政権運営ができないからだろう」 「それは、メディアとしての我々の使命を放棄しろということですよね」 安東は社長の心の内を探る。 「しかし、われわれは社会の一構成員でもある。 社会の安定に助力する義務もあるのではないか?」 「そうした偏向報道をしているとばれたら、我々の命が危うくなりませんか?」 安東が嫌味と脅迫の意図を込めてたずねると、 それに気づかない振りをして稲村は応える。 「偏向しているかどうかなど、国民には分かるものか。他局と足並みを合わせるのが得策だろう」 「他局がどう出るかはわかりませんが、 『制裁アプリ』においては、難癖をつけて他人を窮地に追いやることが可能です。 少しでも弱みを見せてはいけません」 「それなら、何をやっても無駄だということではないのか? 結局は視聴者の気分次第ということだ」 「ご存じないようですが、『制裁アプリ』は、嘘の告発は受け付けないのです。 偽りの告発した者には、倍返しされる仕組みになっています。 我々は、正論を報道していれば、安全なのです」 「自分の命が惜しいからと、社会を危険にさらすのはどうかな……。 それもまた、報道に係るものとしては、後ろ向きではないのかね?」 「動機は問題ではありません。重要なのは行動です。 社長は、スキャンダルを抱えた大臣を守るのが、社会を守ることだとおっしゃるのですか?」 「そう言うつもりはないが……」 話しは堂々巡りだ。
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