ゆがんだ血統

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「おはよう」 家の玄関に入り、奥に向かって大きな声をかけた。 「なんだ」 杉田は姿を見せず、返事だけを返す。 「上がるぞ」 拒否しないので、王子は下駄をぬぐと、ずかずかと上がり込む。 道路には荷物を散乱させているのに、室内は綺麗にしていた。 時々、人がやってきて掃除をしていると、王寺は知っている。 部屋の片付いた様子に、まだ完全に腐ったわけじゃない…… ……と王子は少しだけ安心した。 奥に入ると、杉田は仏壇の前で酒を飲んでいた。 「おやっさん。相変わらずだな」 「わしは、お前の親父ではない」 「似たようなものだ。いや、それ以上だ」 「恩を着せるつもりか?」 杉田は視線を落とした。 「いいや。そんなつもりはない。 だが、近所の者は、あんたが私の本当の父親だと知っている。 だから何かあるたびに、私のところに頼みに来る」 王寺が言っても、杉田は悪びれる風もなく、 冷酒を口に運んだ。 50年ほど昔、若い杉田は遊び半分に幼馴染の女を犯した。 青山王寺の寺男の娘だった。 女は妊娠したが、当時の杉田家は豊かで、 杉田の父親が貧しい寺男の娘との結婚を反対した。 行き場の失った娘を、青山王寺の住職の息子、 王寺善信がめとり、生まれたのが善願だ。 「そんな奴らのことは、ほうっておけ」 杉田は他人事のように言う。 「そうはいかない。私は、あんたが地獄に落ちるのを黙って見てはいられない」 「死ぬのが怖くて、生きていられるか」 杉田は、よろよろと立ち上がると、 映らなくなったブラウン管テレビの上から短刀を取り、鞘を払った。
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