バージョンアップ……スマホは銃よりも強し

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そしてもう一人、切れた弦に弾かれたように動き出した男がいた。 その劇場で10年間ものあいだ懸命に働き、 昨日、解雇されたパトリック・クレボルドだった。 黒い革製のベストに黒い革のズボンを身につけ、ポケットには銃弾を押し込んでいた。 靴は頑丈な海兵隊用のものだ。 背中に2丁の自動小銃を背負い、左右の手にも1丁ずつ自動小銃を握り、 映画のヒーローのような機敏さで、 舞台の袖にいたスタッフを押しのけてステージに向かった。 「止めろ、パトリック!」 パトリックの背中をスタッフの声が追った。 スタッフたちは友人だったが、 パトリックの解雇を止めてはくれなかった者たちだ。 「ホールドアップ!」 ステージ上でパトリックは叫んだ。 ヴァイオリニストは演奏を止めた。 心の内で 「良かった」 とつぶやいた。 ヴァイオリンとピアノが止んでも、会場はざわついている。 「金持ちども、金が好きならくれてやる。金ではなく鉛だがな」 パトリックは叫んで銃口を観客席に向けた。 彼の想像では、観客たちは慌てふためいて逃げるはずだった。 ところが、弦が切れて失敗に終わる演奏を撮影していた観客たちは、 「止めろ、パトリック!」 「テロリストめ、地獄に落ちろ!」 ……と口々に叫んで、あるいは文字を打ち込んで、ステージ上のパトリックを撮影した。 多くの撮影者は、カメラと『制裁アプリ』を連動させている。 瞬時に、パトリックのポイントは1000に達した。 心筋梗塞の苦痛に悶えるパトリックの放った弾丸は、 天井に、床に、あるいはピアノに穴をあけた。 ごく一部の観客も傷を負ったが、命を失う者はなかった。
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