今夜もブラッディーマリーを

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 真理はカウンターの後ろに立つボトルが並べられた棚に視線を送る。ジンやトニックに、ウィスキー、それにワインなどの定番のボトルからそうでないものまで多種多様に並んでいる。  「そろそろ、違うのを注文してみようかな」  ブラッディマリーから、他のお酒を試すようだ。  「珍しいですね」  「そう思う? どうして私がカクテルのグラスにも拘っていたのかマスターに特別に教えてあげる。欲しかったのはあなたの指紋だからよ」  真理はマスターがカクテルを用意する時に同じグラスを触ることを見ていた。その際に指紋が付着するが、ここで違う種類の酒を注文してしまうとグラスが変わってしまう。そうなれば、マスターは空のグラスを拭くので指紋が消える。  だから同じブラッディマリーを注文していたのである。  「考えましたね、真理さん。指紋ならグラスでなくても採取出来たはずですが」  マスターの言う通り、カウンターの奥に行けばそこにはマスターの指紋のものしか存在しないのだが。  「そうするとマスター、あなたのテリトリーを冒してしまうでしょ?」  カウンターの奥に踏み行ってあれこれ物色するのは野暮な調査だというのが真理のポリシーである。そして、注文を変える事は、その指紋はまもなく必要なくなるということ。  「ありがとうございます」  マスターは僅かに眉間にしわを寄せる。  真理が注文を変えると言う事は、指紋を拭き取るチャンスなのだが、次の注文が来るまでグラスを下げることは出来ない。マスターはグラスの指紋を消し去る最善手を考える。  「オススメはエンジェルアイやオープンハートなどが御座いますが」  他のお酒を勧めた。
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