今夜もブラッディーマリーを

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        【1】  「ブラッディーマリーを」  「畏まりました……」  仕事は何時もと変わらなかった。 BAR“new moon”のマスターは金属のミキシンググラスにトマトジュースとリキュールを注ぐと両手で持ち上げ、シャッとステアするとグラスに注ぎ女に差し出した。  何年とやっているがステアの際の緊張感が途絶えることはない。 原料同士が主張し合ってはいけない。互いが溶け合う事で深い味わいが出るのだと嘗てここで修行していた時に教わった。  「有り難うマスター」  「いえ。飲み過ぎには注意して下さいね木舘さん」  マスターはニッコリ笑うと、グラスを磨き始める。女の名前“木舘真理”は随分前から知っている 。 彼女はこの店に流れる音響や店内に漂う暖かい木の臭いに、煙草の紫煙、客達の交わす会話を気に入っている事や、ブラッディーマリーを好んで飲むと言う事も。 そして彼女はブラッディーマリーを飲んだ後に仕事に出掛けるという事も。  「大丈夫よ。そんなに心配?」  「飲みやすいカクテルですからね」  ブラッディーマリーやレッドアイなどのトマトジュースを原料とするカクテルは飲みやすいが故深酒する可能性が高いのだ。
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