生まれる前から背負った物語

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 あっ、と日高修が叫んだ時は遅かった。  長岡理恵の弁当に手を着いてしまっていた。  クラス全員が理恵の弁当に注目した。  無骨な日高修の右手が可愛い理恵の弁当の中に埋もれていた。  誰もが理恵の次の行動を好奇と恐怖の思いで期待していた。  理恵は目をつぶり一度大きく深呼吸して箸を修の右手に突き刺した。 「よかったなあ修、手をケガしただけで幸運だったよ、クラス全員は心臓刺されるかと思ってドキドキしたんだから」  親友の米田正二が言った。  県立西高校三年の日高修、いたって真面目で平凡な生活を送っていたが高校進学でつまずいてしまった。  修が中学三年の時、新たに高校が出来た。  女子高の進学校が男女共学になったのだ。  進路の先生は修に西高に行くよう進めた。  後悔はそこから始まった。  入学式から修は圧倒された。  生徒は殆ど女子だった。  男子はほんの一握りしかいなかった。  その男子も全員が圧倒されて何故か弱そうに見えた。  それからは辛い二年間だった。  ようやく下級生にも男子が入り、居心地も良くなったがまだ女子が八割を占めていた。  修は今まで地味に、目立たないように、座敷童子のように静かに学校生活を送っていた。  しかし、今日はとんでもない事をしてしまった。  同じクラスの生徒会長、長岡理恵の弁当に手を着いてしまったのだ。  米田正二が言った事はまんざら嘘ではなかった。  長岡理恵が二年の時、一年の新入生が入って来た。  男子の中に不良っぽい大柄な生徒が理恵に言い寄った。 「いいケツしてんじゃねえの」   と言って理恵の尻を触った。  理恵は可愛い鼻に少しシワを寄せ男子の胸に正拳を見舞った。  男子は肋骨を骨折した。それ以降猫のように大人しくなった。 「俺は幸運だった」  修は心からそう思った。  保健室で先生に教室でふざけるんじゃないよと説教されて学校を出た。  辺りは薄暗くなっていた。  
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